絶対が絶対ではない

(今日のコトバ)

 

絶対が絶対でないことを、絶対信じろ。

 

 

 

人生、長く生きていると

確信することがある。

その一つに、

「絶対が絶対でない」ということ。

「いままでは、、、、、、」

「昔は、、、、、、、、、」

ということが、

まったく変わってしまっている。

社会の仕組みや概念では、

まったく違った方向に進む。

ひと昔前は、働くことが良しとされ、

残業し放題だったのが、

時短がどんどん進んでいる。

野球の投手が投球力を上げるのに投げ込みをやめたり、

脚力をつけるためのうさぎ跳びを禁止したり、

ベルリンの壁が崩れたり、

いろいろなことがある。

180°違うことがたくさんある。

そう思うと、いま自分の置かれている場所でも、

絶対が絶対でなくなることがあるかもしれない。

もっといえば、変えてしまった方が

いいものがあるかもしれない。

だとしたら、自分から動いて変えてしまってもいい。

絶対を絶対でなくしてもいいのだ。

人生は、一度きり。

絶対に縛られて、

自由を奪われるなら、

絶対をぶち破って、

気持ちよく生きることも選択の一つだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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大切なものが幸せを生む

(今日のコトバ)

 

いちばん大切なものを、

いちばん大切にすること。

それが幸せになることです。

 

 

 

 

時々、見かける人がいる。

何でも手を出して、

何も手にできない人。

もっというと、

その時その時で、

目の前にあるものを欲しがって、

結果、何も手にできない人。

もっというと、いつも自分の状況に不満で、

誰かの幸せばかりを憧れている人。

こういう人は、

たいがい自分の置かれている状況が

最悪だと思っている。

はたから見れば、

全然、最悪ではないのに、

最悪だと思っている。

もっというと、

最悪な状況を他人と比較しているだけで、

自分の成長はおろそかにしている。

バカバカしいことだが、

結構、こういう人がいる。

もったいないと思う。

誰かの幸せや他人との比較は、

自分の幸せとは関係ない。

そのことを理解して、

自分の置かれている状況を見つめてみる。

決して、最悪ではない。

幸せもいっぱいある。

自分の目の前のいちばん大切なものを

いちばん大切にする。

そう考える方が、

幸せに生きられる。

そして、いちばん大切なものは、

いつだって、自分のいちばん近くにある。

そのことを忘れてはいけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ポジティブシンキングにいい季節

(今日のコトバ)

 

春一番星になろう。

 

 

 

春は、スタートの季節であり、

リセットの季節でもある。

人生いろいろあるけれど、

もう一度、新しい自分になれる季節だ。

卒業、入学、組み替え、入社、人事異動など、

まったく顔ぶれが変わることもある。

自分にとって、自分をPRするには絶好のチャンスだし、

自分をPRしなければならない時でもある。

その時、自分の持っているものを

最大限に発揮することができると、

人生は面白いものになる。

いまの環境がうまくいっていなければ、チャンスだ。

いまの環境がうまくいっていても、さらにチャンスだ。

長く同じ環境にいることもある。

ただ、たいがいにおいて同じ環境は、

わるい慣れも生み出してしまう。

そのことを考えると、

環境が変わることも大切な社会のサイクルかもしれない。

そして、この環境が変わった時を、

自分のチャレンジの時と捉え、

ステップアップの時と考える。

春は、ポジティブシンキングでいい季節のなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

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もっとの気持ちは人間の燃料

(今日のコトバ)

 

「もっと」なき人生に終止符を打て。

 

 

 

欲。

人には様々な欲がある。

何かが欲しいなという優しい願望に近い欲から、

野望、欲望のように清濁併せのんだ欲もある。

「もっと欲しい」という人間の欲求。

その気持ちがあるということは、

人間の生きる燃料があるということ。

未来に向けて、環境を進化した自分をイメージして、

前進していける。

気力にあふれ、力強く、歩を進めていける。

反対に、もっとの気持ちがないときは、

自分の気持ちが萎えているといっていい。

心の問題か、体の問題か、

何かに問題がある。

もっとがない時は、

自分に注意信号がともっていると思ってもいい。

人生は、いい時ばかりではない。

もっとの気持ちになれない時もある。

その時、なぜ、もっとの気持ちになれないのか。

なぜ、欲がわいてこないのか。

そこを診断する。

そのために診断しやすいのは、

目標をつくってみること。

そこに合わせてアクションを起こせればいい。

起こせなければ、その原因を考え克服する。

充実した人生を送るために、

もっと気持ちを持つ状態をつくる。

大切なことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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新しいは、人生の素晴らしいことを積み込んでいる

(今日のコトバ)

 

新しいという言葉のどこかに、

自由が手を広げている。

 

 

 

言葉自体、使い古されているけど、

新しいという言葉を聞くと、

どこかにワクワク感がある。

何かいままでにないことがある。

何かいままでにないことがはじまる。

そんな気持ちを届けてくれる。

さらに、新しいという気持ちには、

自由という気持ちも多く含んでいる。

ここから新しいことがはじまると思うと、

自由な気持ちになるだろう。

何かの扉を開いて一歩を踏み出せる。

おおげさにいえば、未来を手にできると思える。

新しいという言葉には、

生きる上の素晴らしいことを積み込んでいるのだ。

そう思うと、新しいことをつくる、

新しいことを探すことは

人生においてもっとも出会いたいことの一つになる。

新しいという言葉の中にあることを考えると、

もっともっと人生に新しいことがあっていいと思うのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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終わりと共に始まりが

(今日のコトバ)

 

終着駅に着くと、始発時間のアナウンスが流れていた。

 

 

 

 

一つの出来事が終わる。

エンドマークがつく、一つの物語の終わり。

人は、そこで達成感だったり、

虚脱感だったり、喪失感のようなものを感じる。

たいがいおいて、自分をゆるめてしまう。

当分、動かない。否、動けなくなることもあるだろう。

ただ、一つの終わりがあると、

必ずどこかに新しい始まりが起こっている。

それが、大きなものか、小さなものかわからない。

扉であるか、道であるかわからない。

だが、確実に新しい何かが始まっている。

そのことを忘れてはいけない。

もしかすると終わった瞬間に、

人生で最大のチャンスが到来しているかもしれない。

そこで自分が休んでいると、チャンスが

通り過ぎていってしまうかもしれない。

だから、一つの終わりがある時、

また、そこには始まりもあることを肝に銘じよう。

人生は死ぬまで続いていく。

終わりには、必ず始まりがついている。

生きるために終わりがあれば始まりがあるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

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成長期は若者だけのものではない

(今日のコトバ)

 

成長期は、夢を追い続ける限り終わらない。

 

 

 

 

人生の成長期って、いつだろう。

どんな分野でも、

若い人の方が成長度が大きいことは間違えない。

日に日にステップアップを感じることもあるだろう。

ただ、人生におけるほぼ何事も、

はじめて要領を覚えた後、

一気に能力が上がることがある。

いい方によっては、それを成長期ともいえる。

その事を考えると、

成長期は何も若者だけのものではない。

いくつになっても、

何かを習得しようと思って、

研鑽すれば成長期がはじまる。

そう思えば、成長期ははじまる。

もちろん、どうにもなにない目標もある。

60歳を過ぎて100M走で世界新記録をつくるのは、

きっと、無理だろう。

否、何百年後かはスポーツ医学も発達して、

不可能でなくなることもあるかもしれない。

ただ、現状を考えたら無理だ。

だが、それでも年齢を重ねてからスタートして

できることはたくさんある。

はじめるのに遅い事はない。

成長はまだまだできる事を信じて

生きていけばいい。

人生で成長を感じて生きるほど楽しいことはないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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忙殺しよう

(今日のコトバ)

 

悲しみの届かない場所まで、心を持って走ろう。

 

 

 

止まっていると、悲しみもとどまってしまう。

じっとしていては、何も解決しない。

少々、強引でもいいから動き出す。

その時、目的がなくてもいい。

とにかく、動いてみる。

悲しみを考えない時間をつくる。

忙しいと、人は文字通り忙殺される。

考えない時間が多いということは、

忘れる時間が多いということ。

そうなれば、だんだん悲しみは消えていく。

反対に、何もせずにいれば、

悲しみが何度も襲ってくる。

わるいイメージも湧いてくる。

考える時間がたくさんあるから、

忘れない時間もふえてしまう。

人は忘れていく生き物。

去年のことでも、たくさん忘れている。

昨日のことさえ、たいしたことでなければ忘れている。

そして、忘れるためには、常に行動して、

忙殺状態でいること。

そこに、悲しみを忘れる解決法がある。

悲しみから抜け出したい時は、

とかく忙しく行動するのだ。

 

 

 

 

 

 

 

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いまの自分を間違えない

(今日のコトバ)

 

いまの自分が、人生の答えだ。

 

 

 

状況によっては、いい訳もある。

いい時にも、わるい時にも、

「これが自分ではない。もっと、○○な自分がいる」と。

ただ、自分の心の中以外は、

いま、ここに立っている自分がすべてだ。

これからどうなるかは、わからない。

これまでどうかも、あてにならない。

人生は常に現在進行形。

いまこそが、正解なのだ。

だが、特に、自分がいけていないと、

「こんなもんじゃない」といい訳したくなる。

この先の人生で、

もっともっと進化した自分がいるはずだといい訳したくなる。

その気持ちは大切なことだ。

でも、いまの自分が、いまの実力だ。

そのことを理解しないと、

目標設定を間違えてしまう。

だから、いまの自分を理解して、

もっと進化するための目標を設ける。

そこが人生にとって大切になるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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帰る場所がある

(今日のコトバ)

 

人間は帰る場所があるから、

人間に帰れるのだ。

 

 

 

生きている人には、

皆、帰る場所がある。

家族だろうが、一人だろうが、

帰っていく場所がある。

そこで心身を休め、

英気を養い、また、やってくる明日へ

向かっていくのだ。

帰る場所がある。

だからこそ、生きていけるともいえる。

その帰る場所が、

最高であれば問題はない。

だが、最高とはいえない場合もある。

その時も、少しでいい、

安らげる場所にするように環境をつくる。

人は行動ばかりでは生きていけない。

休息がなければガタがくる。

できるだけ、

心身ともに安らげる場所をつくる。

そういった意味を含めて帰る場所をつくる。

長い人生において、

いい帰る場所を持つことは大切なことなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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