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(今日のコトバ)
奇跡は、夢の配当だ。
人生で何度か奇跡と呼べる状況に遭遇する。
想像を超えた成功を手に入れる。
ジャイアントキリングのような
勝利をものにする。
まったく信じられないほど
素晴らしい事が起こる等、、、、。
期待はするが、
計算して起こるものではない。
自分の夢の延長線で突然、
自分が体験する。
それは、自分の計画に組みこむことでは
ないのかもしれない。
だが、どこかに奇跡を期待する気持ちは
残ってしまう。
もし、そうなら奇跡が起こるように、
できる限り努力する。
ちょっとやそっとではない。
ほんとうに命懸けになるかもしれない。
ただ、挑戦してみる価値はある。
歴史的にみても、
奇跡を何度も起こしている人物はいる。
そこまで行けるかわからないが、
挑戦はあきらめない。
そこに、夢から特別なギフトが贈られる。
それが奇跡なのだ。
(今日のコトバ)
ともに転ぶ。
ともに負ける。
ともに失敗する。
「ともに」であれば何も怖くない。
一緒に行動してくれる人がいる。
それが、いい結果でなくても、
否、いい結果ではないから
絆が深まることが多い。
一緒に転んだ記憶。
一緒に負けた記憶。
一緒に失敗した記憶。
その記憶を
積み重ねれば重ねるほど、
気持ちと気持ちの絆は深まっていく。
もちろん、成功体験を
積み重ねていくことで、
絆が深まることもある。
ただ、成功体験より
上手くいかなかったことで、
絆は深く結びついていくような気がする。
負けたり、
失敗したりの体験は、
かっこつける必要ない関係になれる。
成功していると、
どこかにポーズをつくる自分がいる。
仮に、その後、負けたり、
失敗したりすると、
違う人間関係になって、
絆がとぎれることもある。
だからこそ、一緒に
上手くいかなかった体験は大切。
上手くいかなかった体験が
素直な関係を築ける。
人生で一緒に失敗できる人をつくろう。
(今日のコトバ)
誰かの声に相乗りするのではなく、
自分の声は自分で届けよう。
人の意見にのる。
自分でも正しいと思っているのなら、
それもいい。
だが、自分の意見は反対の意見。
あるいは少数派の意見の時、
はっきり意見を主張しているだろうか。
どうしても譲れない意見がある時、
その意見を主張しているだろうか。
意外に、人の意見に流されて、
自分の意見を明快にしないことが
誰にでもあるだろう。だが、
「自分の意見をいっておけば良かった」と
後々後悔することがある。
その後悔が一番不快感になる。
はっきりと自分意見を、
声を、伝えなかった不快感。
その不快感は、
長く引きずる。
そんなことがないように、
自分が正しいと思った意見は
少数派であっても伝える。
伝えないで不快感を
ためることのない人生を
生きる。
自分の意見は、自分の声は、
自分ではっきり伝えることが
不快感を無くす生き方につながるのだ。
(今日のコトバ)
数字は事実ばかり突きつけるから、
嫌われ者になる時がある。
数字ほど冷酷なものはないと思う。
1円でも足りなければ
予算達成ではないし、
1秒でも過ぎてしまえば、
記録は更新されない。
たかが1という数字が、
その後の人生を
大きく変えてしまうこともある。
0においてもそう。
結果が0であると、
人は評価されない。
0点はお話しにならない
ということにもなる。
もちろん、100点満点のように、
達成感、高揚感のある数字もあるが、
社会に出ると、
数字には痛い目にあった
記憶の方が多い。
ただ、数字ほど事実と直結している
情報もない。
嫌おうが、好きであろうが、
事実は事実。
冷たく事実を語っている。
もっといえば、
正しく事実を語っているともいえる。
その数字という事実を
自分も冷静に受け止める。
一喜一憂するのではなく、
あくまでも冷静に受け止めて、
次の行動の指針にする。
その気持ちが大切なのだ。
(今日のコトバ)
ほんとうに強い人は、
いつも強い人を捜している。
強さって何だろう。
弱い人を踏みつけることではない。
強さをむやみやたらと誇ることではない。
つねにファイティングポーズを
とることでもない気がする。
自分のまわりで、
ほんとうに強いと思える人を
思い浮かべると、
ひとつだけ同じ行動を
続けていることに気づく。
それは、自分より強い人を
捜しているということ。
自分のフィールドで、
あきらかに自分より強いと
思われる人を捜して、
そこを越えようと努力している。
弱い人を踏みつけるより、
強さを誇るより、
もっと強い人を捜して
切磋琢磨する。
つまり、強さの正体は、
向上心にあると思えるのだ。
その考えが正しいか正しくないかは
わからない。
ただ、ほんとうに強い人は、
現状維持を嫌う。
もっと、もっとの気持ちを
持っている。
人が強さに憧れる時、
ほんとうは、その向上心に
憧れている。
そこは間違えないようだ。
(今日のコトバ)
「疲れた」のどこかに
「やりきった」があれば、
今日は成功じゃないか。
慢性的に疲れている。
年をとれは仕方ない。
いつもとことではある。
だが、疲れ方にもいろいろある。
その中で、気持ちいい疲労感を
感じることがある。
何かの目標が達成された時、
評価された時、素敵な人と出会った時等。
「やれた」
「やりきった」
「いいことがあった」と思える時。
そういう時は、
疲れもわるくない。
その時、その日が満足できる。
いい時間だったと思える。
もっといえば、
その日は成功だった思える。
できれば、そんな日が多い人生を
歩みたい。
いい疲れとともに
成功だったと思える日が
人生を充実さてくれるはずだ。
(今日のコトバ)
二十歳の体で、五十歳の頭を使うな。
五十歳の体で、二十歳の頭を使うな。
年齢が五十歳台にもなって、
あまりにも若づくりしている。
何も若づくりがわるいわけではないが、
似合ってなかったり、
かっこわるかったりするなら、
いいとは思えない。
また、あまりにも若いというより
幼稚で、大人として
どうなんだろうという考えもきつくなる。
こういう考えも人によるかもしれない。
若々しい発想がステキで、
かっこいいなら、それもいい。
ただ、その考えによって不快感が
あるようであれば、
すすめることはできない。
反対に、二十歳なのに、
老人のように行動力がないのも
つまらない。
若さゆえのダイナミックさで、
人生を大きく動かしていく方が
魅力的だ。
発想だって、大人大人することなく、
少年少女の部分を大切にして、
夢に貪欲に生きていく方が美しい。
若さという武器は、
長く生きれば、
必ず失っていくもの。
若さを使える時間は、
思いっきり若さを使えばいいのだ。
人の人生は、
たくさん後悔することがある。
後悔しないように生きるといっても、
後悔はつきまとう。
老いては老いて、
若さは若さでしか体験できない時間がある。
その時間を大切にして生きる。
その生き方こそ、
人間的といういう気がする。
(今日のコトバ)
積み上げた実績があれば、
あなたの人生もFA権を行使できる。
世の中は、情報社会になって、
高速スピードで仕事が進められていく。
その中で、時代の前を、
あるいは時代とともに、
仕事をしていける人は価値がある。
特に、実績があると、
どの業界でもひきてあまただ。
日本型の終身雇用が崩れ、
一生同一会社の人は少なくなった。
だが、まだまだ一つの会社に縛られる人も多い。
会社を辞めて新しい世界へ挑む人も、
思ったより増えていない。
人は、案外保守的な生きものなのだ。
ただ、本気で自分のやりたいことを
考えているのなら、
実績を積んで、自分のやりたい世界へ
舵を切るべきだ。
いまいる会社でなくていい。
新しい会社をつくるのもいい。
フリーランスで生きるのもいい。
実績があれば、どうにでもなる。
後は、自分の勇気次第。
自分の行きたい未来があるのなら、
飛び出していくことを
あきらめてはならない。
(今日のコトバ)
空気のよどみは、
上機嫌で洗い流せ。
自分の生きる環境が、
明るくない。
よどんでいる。
覇気がない。
面白くもない等々。
空気がよどんでしまっている
環境にいる場合がある。
原因はいろいろある。
いちばんはその場所のリーダーが
環境を壊していることが多い。
会社なら上の立場、
学校なら先輩。
パワハラ系だったり、
ネガティブ志向の人が
リーダーだと、
間違いなく暗くなる。
その時、
どう対処はするか。
自分ができることは、
とにかく自分から明るさを伝えること。
上機嫌でいること。
もちろん、リーダーである人は、
とにかく上機嫌にふるまうだけで、
環境は明るいものになっていく。
そうでない人も、
まずは上機嫌。
そして、その気持ちを
まわり人に伝えていく。
空気清浄機ではないが、
まわりを明るく、キレイにする。
人は明るいものでつながっていく。
例え一人であっても、
明るさは伝わる。
その気持ちを意識するのだ。
(今日のコトバ)
正しくなくても大切なことを
いっぱい知っている大人になれたら、
ちょっとかっこいい。
大人になると、
つならなくなったなあ
と思う人が増える。
若い頃は、
とてもユニークで、
その場を明るくする、
面白くすることができた人が
年をとるとつまらなくなる。
社会に出て、
会社に縛られ、
コンプライアンスの波にのまれ、
時代の要求に応え、
まともになってしまう。
仕方ないことかもしれない。
だが、そんな中でも、
大人になっても、
明るくて、面白い雰囲気を
つくれる人もいる。
そういう人は、
わりと発想が自由。
自分の生き方がブレないで、
世の中を見ている。
流されない人ともいえる。
縛られるものがなかったり、
年輪のように知識を積み上げて、
嫌味なく知識や知恵を駆使できる。
「こんな大人になりたい」と思わせる。
情報社会、コンプライアンスの厳守、
息苦しい時代になると、
そんな人と出会いたいと思う。
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