「思い」を大切にして生きたい

 

(今日のコトバ)

 

思いつきで夢見て、

思いこみで愛して、

思いやりで生きる。

 

 

 

人は、「思い」で生きている。

その思いには、

いろいろな思いがある。

思いつき。

思いこみ。

思いやり、、、。

思いつきは、

発想の領域に「思い」があること。

夢だったり、アイデアだったりに

「思い」があって、その力を発揮する。

思いこみは、

信じる領域に「思い」があること。

愛することや信頼することに

「思い」があって、その力を発揮する。

思いやりは、

誰かの領域に「思い」を提供すること。

困ってる人や弱っている人に

思いがあって、その力を発揮する。

「思い」

言葉にすると簡単だが、

その「思い」の力がどう発揮されるかで、

人の力が大きく分かれる。

だからこそ、

「思い」を大切にしたい。

自分の「思い」がまっすぐに届くと、

生きることが嬉しくなる。

日々の暮らしにも張り合いが出てくる。

「思い」を大切にして生きたいと思う。

 

 

幸せと不幸のバランスを考える

 

(今日のコトバ)

 

不幸は、

幸せのしっぽをつかんでる。

幸せは、

不幸の足を踏んでいる。

 

 

 

 

自分が幸せであれば、

誰かが不幸になっている。

必ずしもそうといえない場合もあるが、

大概において、幸せの反対側には

不幸がある。

ということは、

自分の幸せを成立させるために、

誰かが不幸を

受け持ってくれているといえる。

誰かが辛い目、痛い目に合っている上に、

自分が幸せを満喫しているのだ。

そう思うと

幸せを一人占めしてもいけないし、

幸せの上に胡坐をかいてもいけない。

もっというと、

幸せに感謝しなければいけないと思う。

反対に、

自分が不幸な時に、

誰かが幸せな状況を生きている。

そう思うと、

不幸であることが

すべてワルいことではない気もしてくる。

もちろん、自分で抱えきれない不幸もある。

できるだけ不幸になりたくないとも思う。

ただ、それでも、

自分が不幸をなっていることで、

誰かの幸せに役立っている。

そう思うと、幸せと不幸には、

バランスがあって、

行ったり来たりしながら、

人生はつくられているともいえる。

そのバランスを理解して、

上手に生きられると、

人生に抑揚が生まれて、

大きな気持ちになれる気がする。

幸せと不幸のバランスを一度、

ゆっくり考えてみてもいいと思う。

 

 

 

傷は自分オリジナル、誰も持っていないデザイン

 

(今日のコトバ)

 

 

生きてきた傷はかくさなくていい。

あなたが世界に誇る

最高のデザインになる。

 

 

 

カラダに、ココロに、

人は傷を負いながら生きている。

小さい傷、大きい傷、

いろいろあるだろう。

時に、その傷をかくして生きたいと思う。

かくすことはワルいことではない。

見せたくない傷もあるだろう。

ただ、傷は自分が生きていくために

つくった、いわば勲章。

決して、批判されるものではない。

傷があることは、

懸命に生きた証でもある。

もっといえば、

ひとつひとつの傷は自分オリジナル。

他の誰も持っていないデザイン。

唯一無二なのだ。

そう思うからこそ傷は自分の誇りになる。

いま、傷をかくして生きている人は、

一度、立ち止まって考えてみるといい。

その傷がほんとうにかくすべきものか。

否か。

傷を誇りにして

生きていけると思えれば、

人生は素晴らしいものに

なっているはずだ。

前向きな気持ちつくって生きる

 

(今日のコトバ)

 

深刻な顔は、

苦しみの押し売りになる。

 

 

 

ある車メーカーの社長が

幹部社員に伝令を出した。

「深刻になるな、真剣になれ」と。

新型コロナで委縮する社員に

メッセージをおくったのだが、

まさしくそう思う。

気持ちが深刻になると顔に出る。

ネガティブな気持ちが表情になり、

それが伝播する。

まわりのみんなが深刻になり、

まわりのみんながネガティブになる。

それではいけない。

こんな時こそ、表情は明るく前向きに。

強引にでもいいから笑う。

気持ちが前向きになれば、

いい発想も浮かぶ。

深刻な状態からも

脱出できる可能性が広がる。

もちろん、

そう簡単ではないことはたくさんある。

それでも、

気持ちを前向きにする努力は大切。

早くこの状況から立ち直るために、

前向きな気持ちをつくる。

生きるために必要なことだ。

時間という大切な記録が、人生という大切な軌跡をつくる

 

(今日のコトバ)

 

若者にとって未来は、

ただでもらえる試供品。

年寄りにとって未来は、

数少ない貴重品。

 

 

 

年を取れば取るほど、

人生の持ち時間が短くなる。

一日一日がとても大切になる。

反対に、若者にとっては、

人生の持ち時間は無限に感じられる。

明日は永遠に来る気がする。

だが、ほんとうは年寄りでも、

若くても、時間は貴重。

若ければ若いほど、

何でも挑戦できる分、

全力を尽くして

やらなければならないことが

たくさんある。

年寄りにしても

何を残すかを考えたら

ムダにしていい時間などない。

そう考えると、

いつの時間もムダにできない。

時間という大切な記録が、

人生という大切な軌跡をつくる。

そのことを忘れてはいけない。

「ありがとう」は、魔法の言葉

 

(今日のコトバ)

 

バカヤロウに、ありがとう。

サヨナラに、ありがとう。

ダイキライに、ありがとう。

ありがとうという言葉には、

どんな言葉もケンカできない。

 

 

 

嫌な気持ちになることがある。

不愉快な言葉を投げかけられて、

腹が立つこともある。

ただ、ケンカはしたくない。

関係を途切れさせたり、

コミュニケーションのとれない

状況もつくりたくない。

そんな時、

魔法の言葉がある。

「ありがとう」

という言葉を、

面と向かってはっきりいう。

例えば、バカヤロウと怒られても、

「こちらの間違いを教えてくれて、

ありがとう」と返せば、

相手の怒りは治まる。

サヨナラと別れをいわれても、

「いろいろ貴重な経験ができた、

ありがとう」といえば、

別れた相手も悲しい気持ちだけで

去ってはいかない。

ダイキライといわれたって、

「そういわれることで

気づくことがあった、ありがとう」

といえば、ダイキライという感情から

違った一面も感じてくれる。

「ありがとう」

たった一言だけど、

相手の感情を一気に落ち着けられる言葉。

もっというと、一気に平和にできる言葉。

そんな言葉を

常に自分のボキャブラリーリストに

入れておく。

それだけで、人生はうまく動き出す。

素敵な生き方ができるはずだ。

 

 

未来に不安になることは、もったいない

 

(今日のコトバ)

 

起こる前の心配は、

未来のムダ遣い。

 

 

 

未来に起こることに対して

不安になる。

考えれば考えるほど、

不安が大きくなって、

不安と闘う時間が長くなる。

ただ、この不安は何も解決しない。

不安な時間が、

ネガティブな考えの時間をつくったり、

手を止める時間を増やしたり、

足を止める時間を増やしたり、

人生の時間をプラスにできなくする。

そう考えると、

未来に不安になることは、

もったいない。

もっと前向きな時間に費やすことが

人生にとって有意義だ。

もちろん、途轍もなく大きな課題が

近い未来に待っていて、

不安になることもある。

だが、それでもなるべく不安から

意識を逸らすべき。

途轍もない未来でも、

想像するよりひどいことは、

そうそう起こらない。

人生を振り返ってみればわかる。

不安の先に、

どうしようない未来が起きたことなど

なかったではないか。

だからこそ、

せっかくの人生の有意義な時間は

前進するために使う。

その気持ちが大切だ。

起きている時の夢、眠っている時の夢

 

(今日のコトバ)

 

夢のある人は、

起きて夢を追いかけ、

眠って夢を見れる。

一日中、夢ばかりの人生になる。

 

 

 

人は、夢を見る。

現実の世界での夢。

眠りの世界の夢。

簡単にいうと、

起きている時の夢と

眠っている時の夢。

大きくはこの二つに分けられる。

この二つの夢の世界で、

起きている時に夢を持つと、

自動的に眠っている時の夢と

二つの夢の世界を制覇することになる。

だとすれば、

起きている時に夢を持った方が

人生は得。

いつも夢を見ていることになる。

もちろん、夢の中には

いい夢ばかりではない。

見たくもない夢もある。

だが、それでも起きている時に

夢があると人生は躍動してくる。

もし、自分の人生を少しでも

躍動させたかったら、

起きている時の夢をつくる。

そこから人生はもっといい方向、

面白い方向へ動いていく。

夢は、

それだけ人生に大きな存在なのだ。

「あきらめない」は、成果につながる

 

(今日のコトバ)

 

成功した人は笑いながらいう。

「みんな、

あきらめるのが早かったね」と。

 

 

 

世の中に出ればわかることがある。

あきらめない人、

しつこい人、

粘りのある人が、

大きな成果を上げるということ。

「あきらめない」

つまり、トコトンつきつめて、

最後の最後まで仕事を全うする人は、

着実な成果を上げる。

あたりまえのように思うが、

この簡単なあきらめないということを

仕事でやり続けることは難しい。

時間の制約、コストの制約、

コミュニケーションの制約等、

さまざまな制約があるなか、

切り捨てるべきものは

切り捨て、

合理的に作業をしなくてはならない。

ただ、その中でも

あきらめないで熱心に仕事をする人は、

必ずといっていいほど成果を出す。

もっというと、

そのあきらめない姿勢が信頼を呼び、

大事な仕事も任される。

つまり、成果を出すことによって、

成功を収める確率が上がる。

いま、自分の仕事がうまくいかないで

嘆いている人は、目の前の仕事に

あきらめず邁進してみるといい。

言葉でいうほど簡単なことではない。

だが、やってみる価値はある。

いままでと違った成果が表れる。

自分自身のモチベーションにも

つながる。

あきらめないことは、

成果へのいちばん大きな条件なのだ。

自由に挑戦できるという可能性がある

 

(今日のコトバ)

 

1位だけしか憶えていない。

2位以下なんて誰も憶えていない。

だからこそ、2位以下には

無限の可能性があるのだ。

 

 

 

例えば、

10年前の甲子園の優勝校は覚えていても、

準優勝校は覚えていなかったりする。

去年ですら、

準優勝校になると忘れてしまったりする。

マニアックに調べている人でない限り、

2位以下になると、

突然、記憶は定かではなくなる。

人間の記憶なんて、そんなものだ。

一つの歴史をつくったものは、

記憶に刻まれる。

だが、その途中の段階で

敗れ去った者は忘れられる。

ワルいといっているのではない。

2位以下はまだ無名であるのだ。

つまり、あくまでも挑戦者で、

無限の可能性があるといえる。

一度、歴史をつくってしまうと、

挑戦者ではなくなってしまう。

動くことが不自由になることもある。

そう思うと、

まだ結果を出していないという状況は

まだまだ自由に挑戦できる。

そのことに気づくと、

1位という結果を出していなくても、

あわてる必要はない。

これから自由に挑戦できるという

可能性がある。

人は、自由を制限されると

生きることが苦しくなってくる。

その反対に、まだ1位になっていない

状況には、自由という可能性がある。

忘れてはいけない。