人の評価は、一度だけ変わる

 

(今日のコトバ)

 

好きな人を嫌いになることはある。

嫌いな人を好きになることもある。

だが、気持ちが変わるのは一度だけだ。

 

 

 

第一印象で好きになる。

深く付き合う前は、

好印象で好きだった。

だが、深く付き合うと、

嫌な部分が見えてきて、

嫌いになってしまった。

生きていれば、

そんなことはいくらでもあるだろう。

反対もしかり。

印象がわるくて、

嫌いだった人が深く付き合うと、

とてもいい人で好きになった。

そういうこともある。

ただ、その人の評価が変わるのは、

基本的に一回。

一度、気持ちが変わると、

もうそこから変わることはない。

その人の評価は決まってしまったのだ。

人はどこかで評価されて生きている。

第一印象ではなく、

本当の人柄が評価される。

できれば、

好きといわれる人でありたい。

そのために、

自分が人から信頼されるように

生きることが大切。

一人でも好きな人を増やしたいなら、

信頼される生き方をしよう。

充実した人生は、時間が短い

 

(今日のコトバ)

 

まいにち時間が短い人は、

時間が生きている。

心配ない。

 

 

 

忙しかったり、

楽しかったり、

充実した時間を送っていると、

時間を短く感じる。

同じ時間だけど、

苦しかったり、

つまらない時間だと長く感じる。

同じリズムで時を刻んでいるのに、

感じる時間の長さが違う。

人生は、

そこを基準に生きて

いいのかもしれない。

「時間が短いから充実している」

反対にいえば、

時間が短い生き方は

どうすればいいか考える。

「忙しいことで時間が短くなるけど、

忙しいばかりでは擦り切れてしまうから、

うまい休みを入れる」

「楽しいことも時間はすぐに過ぎるけど、

楽しいばかりだと楽しさにもあきてくる。

少しプレッシャーのあることもしてみる」

など自分でペース配分を決める。

要は人生を充実させることが、

時間が短くなること。

生きるために、

充実した時間をつくろう。

 

素晴らしいこと探し

 

(今日のコトバ)

 

たいていの宝物は、

足元にある。

ただ、掘ることを忘れてしまった人が、

たくさんいるだけだ。

 

 

 

幸せとか、夢とか、宝物とか、

人生において

素晴らしいと思えるものは、

遠くにあって、

なかなか手の届かないものような

気がする。

だが、ふと考えてみると、

素晴らしいものって、

そんなに遠くにあるのではなく、

だいたいが、自分の身の回りに

あることに気づく。

例えば、幸せは自分と関係する人から

生まれることが多い。

恋人、親、家族、同級生、

同僚などの関係から生まれることが多い。

夢だって、仕事場や学校など、

自分が日々活動する場所で

生まれることが多いと思う。

つまり、素晴らしいことは、

自分の身近にある。

そのひとつひとつを自分で

探してみる。見つめてみる。

案外、もう素晴らしいものが、

手に入っていることもある。

まずは、自分の身の回りで

素晴らしいこと探し。

そこから始めよう。

 

誇りを持つ基準

 

(今日のコトバ)

 

誇りを持つのも大切だが、

まわりの人から

誇りに思われるのは、

もっと大切だ。

 

 

 

自分が誇りを持つ。

誰にも文句をいわれない実績を積み

自らの力を信じる。

それは凄いことだ。

だが、自分が自分で誇るということは、

自分の基準だけでできてしまう。

実績の基準が低い人が

誇りを持つこともあるだろう。

ただ、これが第三者が

自分のことを「誇りだ」と

思ってくれることを基準にしたらどうだろう。

それこそ、本当の誇りといえるのでは

ないだろうか。

「あの人は町の誇りだ」

「あの人は母校の誇りだ」

「あの人は私のヒーローだ」

そういわれたら

本当の誇りになる。

もちろん、

町や母校でなくてもいい。

自分のまわりだけでもいい。

誇りといわれる人間になる。

そこを目指すのも、

誇りを持つひとつの基準に

なるはずだ。

準備の精度を上げろ

 

(今日のコトバ)

 

この手があって、

次の手があって、

奥の手があって、

そこまで手を尽くして

挑むことを準備という。

 

 

 

「準備ができた」という。

何がどこまでできたのか。

ケースによって違うと思う。

ただ、本当に準備ができたといえるのは、

そのケースのやるべきことはもちろん、

不測の事態が起こった時の対応まで

配慮されて準備完了といべきだと思う。

ものにもよるが、

さまざさまなケースでたいがい

不測の事態が起こる。

その時、ドタバタして

収拾がつかなくなる時がある。

みんなであせって、

みんなで頭を悩ませる。

後で反省すると、

「なぜ、あれをやっておかなかったんだ」

「なぜ、あそこに気づかなかったんだ」等、

手を抜いてしまったということが

結構ある。

だからこそ、

そこまでを、

ある程度の不測の事態までを

準備と考えて手を打っておく。

それだけで、

準備はより良いものになる。

準備の精度がさらに上がるはずた。

肯定的に行動する

 

(今日のコトバ)

 

肯定していると、

気持ちの動きが早くなる。

 

 

 

ちょっとぐらい難しいことでも、

ちょっとぐらいレベルの高いことでも、

自ら進んで取り組むと、

なんとかなってしまうことがある。

前向きに捉えて行動する。

いろいろな状況があるが、

とにかくやってしまおうとする。

その行動は早くなる。

気持ちが前向きだから、

素早く行動する。

結果、いい状況になることも

多くなる。

「肯定して行動する」

これこそ自分の能力を最大限に発揮する

エンジンではないだろうか。

考えてみればわかる。

「嫌々行動する」

「人にいわれて行動する」

「納得せずに行動する」等、

前向きでない行動では、

いい結果が出にくい。

だからこそ、

行動する以上、

肯定的に動く。

前向きに動く。

自分の能力を最大限に発揮するために

肯定的に動くことを

忘れてはいけない。

 

夢への距離が見えてくる

 

(今日のコトバ)

 

「遠く」とは、

まだ距離のわからない場所のこと。

距離がわかると「遠く」は、

目的に変わる。

 

 

漠然とした夢は、

遠くてつかみどころがない。

憧れであったり、

叶えたい希望だったりするが、

どう実現していいかわからない。

だが、前へ少しずつ進んだり、

技術を身につけたり、

研究したりすると、

夢への距離が見えてくる。

そこからが本当の勝負。

夢という漠然としたものが、

目的という明解なものになる。

明解になれば、

様々な方法で距離を

つめることができる。

着実に夢を実現する道を歩める。

だからこそ、

夢を遠いものにするのではなく、

できるだけ近づけて、

距離のわかる目的にする。

それこそが、

夢を実現する鉄則だ。

 

夢は全勝にできる

 

(今日のコトバ)

 

夢は無敗でいられない。

だが、負け続けながらも、

たった一つ、

どうしても勝たなければならない

勝負に勝つと、

夢は全勝になる。

 

 

 

「夢を実現する」と一言でいう。

言葉にすれば簡単だ。

だが、その夢を実現するまで、

どれだけの敗北や失敗があっただろう。

壮大な夢になればなるほど、

無数の敗北、失敗を繰り返してきたはずだ。

屈辱感、喪失感もたくさんあったはずだ。

だが、それらの気持ちも

夢を実現してしまえば

すべて報われる。

そんな経験をみんな

大なり小なりしてきたはずだ。

そう考えると、

夢という目標があるなら、

一度や二度の敗北や

ちょっとやそっとの失敗で、

夢をあきらめる必要はない。

何度でも、何度でもトライする。

あきらめずに、しつこくチャレンジする。

夢を実現するために、

その気持ちは譲ってはいけない。

人は、夢を実現しながら

幸せになる。

人生で一番の醍醐味を大切にしよう。

 

 

今日の課題は、今日解決する

 

(今日のコトバ)

 

今日、残した荷物は、

明日、もっと重い荷物になる。

 

 

 

 

今日の課題をそのまま残すと、

あたりまえだが、

明日以降の未来に課題を

解決しなければならない。

明日以降に新しい課題が

なければいいが、

新しい課題が生まれてしまうと、

課題が積み重なっていく。

明日以降の課題が

山積みになってしまうことある。

そう考えると、

今日の課題は、

今日片づけておいた方がいい。

明日を課題解決で

大変な一日にしないために。

自分のペースで仕事をするために。

今日の課題は、

今日解決する。

生きるために大切なことだ。

 

強がりすぎてはいけない

 

(今日のコトバ)

 

「大丈夫」という言葉に

ぜんぶ背負わせることはない。

つらい時は「つらい」と言葉にすればいい。

言葉はちゃんと役目を果たすから。

 

 

 

「大丈夫?」と聞いて、

「大丈夫、大丈夫」と答える人がいる。

よく見る光景かもしれない。

ただ、「大丈夫、大丈夫」といっている人が

ほんとうに大丈夫かというと、

そんなことはない。

とんでもなくしんどくて、

ガマンしていることもある。

否、その方が多いと思うのだ。

そして、その挙句に、

大丈夫といっていた人が、

崩れてしまう。

そんな光景も見てきた。

「大丈夫」と

反射的にいっているのかもしれない。

だが、ほんとうにつらい時は、

「大丈夫」ではなく、

「つらい」と言葉にしていい。

言葉にしなければ伝わらない

つらさもある。

誰かがわかれば、

そのつらさを解消するために

手助けをしてくれることもある。

人は人を支えるために生きている。

助けてもらいたい時は、

助けてもらう。

強がり過ぎてはいけないのだ。