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(今日のコトバ)
臆病風も、やがてどこ吹く風になる。
人は、慣れる生きものだ。
最初は不安で
緊張していても、
キャリアを重ねていくうちに、
なんでもなくなることが多い。
もちろん、何度やっても
不安になるものはある。
ただ、それでも回数を重ねれば、
不安を回避する方法を知る今年ができる。
慣れ。
この人間の持つ性能は、
結構、力を発揮する。
何度も繰り返すことで、
技を身に着け、
不安を平常心にすることができる。
これから立ち向かうであろう
不安になる時、
人間には
「慣れ」という性能があることを
覚えておこう。
(今日のコトバ)
行く道に希望があって、
帰り道に幸せがある人生にしよう。
朝、これから向かう場所に
希望があって、
やる気がみなぎってくる。
やりたいこと、
やるべきことをやって、
充実した時間を過ごし、
帰る時間になる。
居酒屋によったり、
カラオケに行ったりしながら、
ストレスを発散し、
心地よい疲れを感じながら、
家族の待っている家路につく。
そんな日が毎日続くのであれば、
ほんとうに幸せだと思う。
だが、生きていく毎日は、
そう簡単ではない。
やりたくないことを
やりながら、
誰にもストレスのはけ口を持てずに、
しんどい毎日を送っている人もいる。
だからこそ努力目標として、
「行く道に希望があって、
帰り道に幸せがある人生にする」
というところに設定する。
毎日の中で多少予定通りに
行かなくても、
毎日のペースの中で、
この努力目標に戻していく。
充実した人生にする一つの考え方だ。
(今日のコトバ)
想像力のある人は、
無限という荒野を走り続け、
想像力のない人は、
限界という壁にひれ伏す。
人生のいたるところに
困難な問題が生じる。
その困難を前にした時、
人は二つのタイプに分かれる。
一つは、想像力のあるタイプ。
もう一つは、想像力のないタイプ。
想像力のあるタイプは、
困難をなんとかして、
自分のあらゆる知恵をしぼって、
解決しようとする。
反対に、想像力がないタイプは、
困難の前にギブアップし、
流されるままになってしまう。
そして、その行動が
その後の人生を左右していく。
できれば、
想像力を働かせて、
何事も解決できる力を
つけていきたい。
そのためには、
日々の問題・課題に対して、
想像力を働かせ続ける。
想像力も日々使えば、
瞬発力も、持久力もついていく。
筋肉を鍛えるのと同じように、
想像力を鍛える。
そこを意識して生きていこう。
(今日のコトバ)
スタンドからヤジを
飛ばすことはできても、
ファインプレーをすることは
できない。
何かを成すのは、
すべて現場のプレーヤー。
辞めてしまった人は、
成す権限がなくなる。
あたりまのことだ。
だが、人は、
辞めていても、
あるいは、遠くにいても、
何かをいいたい生きもの。
もっというと、
ちょっと距離をおいて、
自分が傷かない場所で、
偉そうなことが
いいたい生きものである。
ただ、冷静に考えると、
現役でない者が、
グラウンドではなくスタンドでいる者が
偉そうなことを発するのは、
とてもかっこワルいこと。
自分以外の人間を見ればわかる。
人は弱い生きものでもあるから、
偉そうにしたいこともわかる。
ただ、現場にいない者の発する言葉は、
ヤジにしかならない。
そのことを少しだけ
意識して生きてみてもいいと思う。
(今日のコトバ)
スタートラインに
立てたということは、
それだけで
幸福を分配されているんだ。
春。
新入生・新入社員が
一斉にスタートラインに立つ。
同じ条件とはいわない。
学校により、会社により、
まったく違うスタートになることも
あるだろう。
ただ、ほぼ同じ条件で
スタートできることは、
人生においてそれほどない。
社会は、どこかで
ハンディキャップマッチに
なるようにできている。
人生を長くやっていればわかる。
資産家の親のコネがあったり、
知り合いがいるから
有利に働いたり、
罪なことをしている人がいたり等で、
社会は同じ競技をしているのに、
まったく働く条件が
違ってくることがある。
その中で、
新人というスタートラインは、
ほぼ唯一といっていいほど、
同じ場所で勝負がはじまる。
つまり、
同じレベルで勝負できる。
同じレベルで見てもらえる。
人生の幸せな季節。
そんな春を大事にして
生きていきたい。
(今日のコトバ)
規制の中でこそ、
自由は生きてくる。
その時、自由は
想像力と名を変える。
何もないところで、
何をしてもいい。
自由に考えていい。
そういわれると、
自由はあまり
自由にならない。
漠然と、だらしなく、
何もしないで時間をつぶすことが、
自由になってしまう。
では、ほんとうの意味で自由が
自由に生きていくのはどこか。
それは、ある程度の規制がある中では
ないだろうか。
時間割なり、領域なり、割り振りなりの
規制がある。
その中の使い方は、自由。
自分のスタイルで、
自分のスキルで、
自由を使っていく。
その時の自由ほど、
自由がイキイキすることはない。
自由が想像力を持って、
自由を使う。
「自由に生きろ」
「自由に生きたい」
人はいつもそう思っている。
その時、自由の前に
ある程度の規制がある時、
自由に生きられる。
そのことを忘れてはいけない。
(今日のコトバ)
誰かと幸せを比べているうちに、
新しい幸せが生まれていることを
見逃してしまった。
人は、比較する生きものだ。
自分と誰かを比較する。
比較して自分の方が劣っているから、
努力して誰かを越えようとする。
比較が努力目標になることがある。
反対に、比較して誰かの方が
劣っているから、
上から目線になる場合もある。
人はそれぞれの考えがあっていい。
誰かと比較することも
人生では必要だ。
ただ、比較ばかりするがあまり
自分のいまある幸せを
見失ってしまうことがある。
自分がいまどれだけ幸せか。
そこを理解してから、
誰かと比較しても遅くない。
無理やり人と比較級になって、
自分の行く方向を
間違ってもしかたない。
まず、自分の持ってるものから
見極めてから人と比較する。
幸せを身に着ける一つの秘訣だ。
(今日のコトバ)
どん欲になれたということは、
好きってこと。
自分がどれだけ好きかを
はかる時、
何をものさしにするか。
いちばんわかりやすいのは、
どん欲になれるかどうかで
はかる。
だれかに強制されるのではなく、
自らどん欲になれるもの。
どん欲になれるものだったら、
いちいち考えなくても、
好きなはず。
だから、
いま、好きなもの、
やりたいものが見つからないなら、
どん欲になれるものを探す。
夢中でできる何かは、
自分のやりたい方向と合致するはず。
そこを突き詰める、磨くことをすれば、
好きなのが明解になる。
好きなものがわからない人は、
どん欲を探すのだ。
(今日のコトバ)
短所は、短く使うところ。
長所は、長く使うところ。
人には、短所・長所がある。
短所によって、人生で失敗することが
あったり、
長所によって、人生で成功することが
あったり。
その反対もあったりする。
ただ、短所も長所も生まれついて
持ったものだから、
多少の修正はできても、
完全修正はできない。
だとしたら、
上手に付き合っていけばいい。
失敗する可能性が高い
短所を使ってしまう時間を短く。
評価される可能性が高い
長所を使う時間を長く。
短所というからには、
短く使う。
長所というからには、
長く使う。
その気持ちを意識するだけで、
人生は少しだけ生きやすくなる。
自分の長所を長く使う
生き方を考えよう。
(今日のコトバ)
頼れない味方は、
第二の敵である。
あらゆる戦う場面で
思うことがある。
味方であるのに
足を引っ張る人がいる。
特に、チームプレイが必要な戦いでは、
足を引っ張る人が致命的になることがある。
その足を引っ張る人とは、
何も能力がない人ではない。
一番はやる気を見せない人。
次にチームのムードを壊す人。
この二つのタイプは、
目的に向けて走る時、
ほんとうに足手まといになる。
戦いの勢いをそぐだけでなく、
勝とうとする意欲もそいでしまう。
敵より敵になってしまう。
むしろ、敵は努力目標となって、
いい作用をつくり出せるが、
足を引っ張る人は、
どうにもならない。
だからこそ、
戦いに挑む時、
チームで戦う時、
自分の味方は誰か、
はっきりさせる必要がある。
同じ目的に向かって
走れるか。
違う方向へ向かないか。
やる気を見せず
停滞ムードをつくりあげないか。
敵は、味方の中にもいる。
そのことを忘れてはいけない。
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