わからないという気持ち

 

(今日のコトバ)

 

目標から目を離すから、

まっすぐ歩けなくなる。

迷ったら、目標にもう一度、目を向けろ。

 

 

 

 

どうしていいかわからない。

何をしていいかわからない。

どこへ行けばいいかわからない等。

人生の岐路では、

そんな気持ちになることもある。

わからないという気持ち。

その時、自分はどんな状況だろう。

たぶん、

目標を失っているのではないか。

わからないという気持ちは、

あるはずの目標が

なくなっている状況のことなのだ。

だからこそ、

わからないという気持ちに陥った時、

何をすべきか。

一番はじめにやる大切なことは、

目標を明確にすること。

最初の目標をもう一度思い返す。

もしくは、

新しい目標を設定し直してもいい。

目標さえしっかりと捉えられれば、

わからない気持ちは、

少しずつ消えていく。

まっすぐに歩き出せる。

迷っていた気持ちが消えて、

生きる道が視界良好になっていくはずだ。

心のメッセージを訊け

 

(今日のコトバ)

 

心はどんな状況でもついてくる。

そして、勝手なまねをする人間に、

いつも正しい道を教えてくれるのだ。

 

 

 

何かをはじめようとする時、

心は必ずメッセージを送ってくる。

「いまだ、行け」

「いまはまずい、止めろ」

「正しいことだ、やり続けろ」

「間違っている、やってはいけない」等々。

すべて一度は、心がメッセージをくれる。

そして、そのメッセージは、

ほぼ正しくて、

まっすぐ人生を歩むために、または、

危険を察知して回避させるために

役立っている。

だが、人間は愚かな部分があって、

心のメッセージを無視して

行動に走ることがある。

いいわるいではない。

ただ、心のメッセージを無視した時、

痛いしっぺ返しをくらうことを、

想定しておかなくてはならない。

心は、ちゃんと生きていくために、

良かれと思ったメッセージを送っている。

そこで、耳を貸すか貸さないかは、

自分次第なのだ。

言葉の力を意識しよう

 

(今日のコトバ)

 

ダイジョウブって言葉は、

ダイジョウブを確約できる人に

使ってもらいたい。

 

 

 

大きな病気をしたことがある。

その時、かけられた言葉で、

とても気になった言葉がある。

「ダイジョウブ」という言葉。

励ますために、ナーバスにならないために、

あまり深く考えず、まわりの人は

使っている気がした。

だが、この「ダイジョウブ」という言葉ほど、

こちらを傷つける言葉もなかった。

「そのダイジョウブって、どこに根拠がある?」

「ダイジョウブでなかったら、どうする?」

そんな気持ちになってしまうのだ。

たいしたことでない時、

「ダイジョウブ」と使うのはいいと思う。

ただ、人生を決めるような一大事の時、

簡単に使う言葉ではない。

使うなら確約ができる時だけに使うべき。

言葉には力がある。

大切に使って、

相手の力になるよう

意識したいものだ。

 

 

生きるためのランドマーク

 

(今日のコトバ)

 

まいにち行く場所は、

小さな目標である。

 

 

 

 

会社でも、学校でも、

毎日行くところがあること。

それだけで、人生には目標ができる。

小さいかもしれないが、

平凡かもしれないが、

目標になる。

反対に考えてみるとわかる。

会社へ行けなかったら、

学校へ行けなかったら、

行くところがなかったら、、、、。

それだけで、人生はとても不安なものになる。

そう考えると、

今日、行くところがあることが

どれだけ素晴らしいことか。

そこを忘れてはいけない。

人は、行くところがあって、

人生を築いていける。

そして、行くところとは、

日々の目標になる。

生きるためのランドマークになるのだ。

人間性は育てられる

 

(今日のコトバ)

 

どこに手柄があるかわからない。

ただ、その手柄をつかむのは、

いつだって人柄である。

 

 

 

戦術が成功する時がある。

いろいろなケースがあって、

いろいろな方法がある。

だが、この戦術を成功させるには、

能力もさることながら、

人間性が大きくものをいう。

仮に、戦術を確実に遂行できる能力があっても、

人間関係、金銭感覚、

遂行前後の処理の仕方など、

能力とはまた別の人間性がないと、

結果、失敗になることがある。

そして、その人間性がしっかりとしていれば、

意外にどんな物事を遂行するにも

上手にこなしていける。

能力は、

努力だけではどうにもならないものもある。

だが、人間性は、

人生の経験や意識から、

育成できたり、

コントロールすることもできる。

そう考えると、

人生の大事な場面で

人間性で勝負できるように、

日々の生き方から意識する。

経験を身に着けて、

あらゆる場面に対応できるようになる。

生き方次第で人間性は変えていけるのだ。

自分以上の自分を見せなくていい

 

(今日のコトバ)

 

人は自分を誇大広告に仕上げ、

過小評価されないように

生きていく。

ただ、人は誰にでも

希少価値があることを忘れてはいけない。

 

 

 

見栄をはる。強がる。いきがる。

かっこをつける。雄弁になる等。

特に、初対面の人に会う時、

人は誰でも

自分以上の自分を見せようと

誇大広告をつくる。

わるいことではない。

第一印象は大切なこと。

その後の見る眼が決まってしまう。

どんな人間が固定観念が生まれてしまう。

自分を誇大広告をすることは、

その見る眼に、いい印象を与えたいという

思いからともいえる。

ただ、本来は誇大広告をつくるよりは、

本当の自分をしっかり伝えることが大切。

自分の力を正当に評価してもらって

人間関係を築いていくことが肝心。

もちろん、自分自身の力が信じられなくて、

誇大広告する人もいる。

だが、本当は人それぞれ希少価値がある。

そこをしっかり理解させる。

自分の希少価値こそが伝えるべこと。

忘れてはいけない。

 

 

その上に、幸せが成り立っている

 

(今日のコトバ)

 

不幸は幸せに担がれてないけど、

幸せは不幸にも担がれていることを

忘れてはいけない。

 

 

 

 

幸せになる人がいれば、

不幸になる人がいる。

勝利者があれば、敗北者がある。

対抗するものがあって、

一方が良い結果を生んだら、

一方は良くない結果になる。

世の常だ。

良い結果の人はいいのだが、

良くない結果の人は、

再びチャレンジを考え、

リベンジを考えることもある。

また、良くない結果の気持ちの上に、

いまの良い結果、幸せ、

勝利があることを

忘れてしまうと、

良くない結果の人に

標的にされる。

だからこそ、

良い結果の人は

その結果をしっかり考える必要がある。

良くない結果の人の上に、

自分の良い結果がある。

良い結果も

冷静に分析して、

自分の位置を

しっかり見つめる。

肝に銘じておくべきだ。

 

 

全力を尽くすことで成長する

 

(今日のコトバ)

 

全力で挑んだ記憶は、

限界を超えるための道標になる。

 

 

 

とにかく、いまの力を

すべて出しきる。

その連続で、

人は自分の限界を超えていく。

自分の限界がどこにあるか

わからないけれど、

自分の能力を向上させるには、

自分の持っている力を、

その日その日に

出しきっていくことが大切。

人は不思議なもので、

完全燃焼することで、

燃え尽きるのではなく、

成長する部分がある。

もっと技が身に着いたり、

もっと強固になったり、

もっと精神力がついたり、、、。

自分の能力のどこかが、

少しずつ成長している。

自分で気づかなくても、

まわりの人が気づきはじめるし、

時間が経てば、

自分でも気づく。

だからこそ、

目標があるものには全力を尽くす。

必ず、その先に成長がある。

人生は、全力を尽くす者を

育ててくれるのだ。

夢は人生を長く愛する

 

(今日のコトバ)

 

悲しみは、夢ほど寿命は長くない。

 

 

 

深い悲しみ。浅い悲しみ。

一瞬の悲しみ、、、。

悲しみにもいろいろある。

もちろん、長く尾を引く悲しみもある。

だが、たいがいにおいて、

悲しみは忘れられていく。

どんなにつらくても、

時間と共に忘れていく。

では、夢や希望はどうだろう。

小さな夢。大きな夢。

一瞬の夢、、、、。

夢にもいろいろある。

だが、人生を懸けた夢は、

簡単には終わらない。

夢を持ったら、

その夢を大事にして

生きていきたいと思う。

仮に夢が破れても、

また、似たような夢、

あるいは、同一線上の夢、

つながっている夢などを

人生の目標にしようとする。

比較することが正しいかはわからない。

ただ、人生は

悲しみより夢の方が

長く生きているような気がする。

だからこそ、夢を持って生きることが大切。

悲しみより長い寿命で、

人生に目標を持たせてくれる。

夢は、人生を長く愛してやまない

伴走者なのだ。

 

勝負は命果てるまで

 

(今日のコトバ)

 

うれしいことに人生は、

逆転できる可能性を命果てるまで

残してくれる。

 

 

 

人生の勝ち負けを判定するの難しい。

勝ったことがあるし、

負けたこともある。

飛びぬけた実績はなくても、

人生全体で勝つ人もいる。

長い人生でいえば、

子供の頃、神童と呼ばれた。

高校の頃、甲子園に出場した。

大学の頃、東大に合格した。

就職は、一流企業に内定した。

管理職に、同期で一番早くなった。

起業に成功し、社長になった等々。

人生で勝った、

人生が成功したと思える時はある。

ただ、実は、それと同じ数だけ敗北や

失敗があることも事実。

そして、その勝利・敗北、

その成功・失敗は、

命果てるまで続いていく。

寿命の最期のその前に、

さして病気にもならず、家族に恵まれ、

穏やかな時間を過ごせれば、

それが最大の勝利かもしれない。

だから、人生は面白い。

息を引き取るまで、

人生の勝負は終わらない。

そう思うと、いくつになっても

生きる力がわいてくるはずだ。