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(今日のコトバ)
あなたのやりたくないことを、
平気な顔でやってしまう人が
幸運を手にする。
やりたくないこと。
めんどうくさいこと。
しんどいこと、、。
気持ちののらないこと、
嫌なことは、
多々ある。
ただ、その嫌なことは
たいがいチャンスが
含まれている。
「誰もやりたがないことを
やってくれた」
もうそれだけで人間力が
情報として伝播される。
そのこと自体に
チャンスがなくても、
評価を聞いた誰かが
チャンスをつくって
くれることもある。
意識しないで生きていると、
チャンスは
それほどあるものではない。
チャンスはあるのだが、
自分からつかみに
いっていないことも多い。
だからこそ、
嫌なことに
進んで取り組んでみる。
その先にチャンスが待っている。
そう思うと、
自分の気持ちも
前向きになれる。
人生は短い。
そこに、
チャンスの鉱脈があるなら
掘りに行くべきだ。
(今日のコトバ)
不可能は、
継続によって打ち砕かれる。
「不可能なんてない」と
いいたいところだが、
どうしても手が届かない
不可能はある。
やる気があるだけでは届かない。
才能があるだけでも届かない。
どうにもならないことはある。
ただ、不可能を限りなく
可能にできる方法はある。
それは、継続すること。
不可能でも、いま不可能なもの。
あるいは、不可能と思うが
やってみなければわからないもの。
それらの不可能はチャレンジする
価値がある。
あらゆる手を尽くせば、
不可能を可能に
できるかもしれない。
そこで大切なのが継続する意志。
一年かかるか、五年かかるか、
十年かかるかわからない。
それでも不可能に
チャレンジする意志が
あるかどうか。
その意志があって、
チャレンジを継続できれば、
不可能が可能になることもある。
もちろん、老人が100メートルで
9秒台を出すような不可能は
無理かもしれない。
ただ、「いまは不可能だけど、、」
という真っ暗闇でない状況の
不可能はチャレンジを
継続することで
可能になることがある。
自分の人生を懸けて
挑戦を継続できるなら、
人間は無限の力を発揮する。
とにかく、継続する意志が
あるものなら、
不可能にチャレンジして
いいと思う。
(今日のコトバ)
スネをかじって育つ。
虎の威を借りて強がる。
大樹の陰に隠れようとする。
みんな誰かを頼りながら
生きている。
一人一人の人間は、
みな弱い存在。
どんなに偉そうなことを
いっても、
一人で生きていくことは
できない。
ただ、生きていくために
人は強がってしまう。
仕方ないことかもしれない。
だとしたら、
少しだけことわざを
思い出してみて、
自分を戒める。
「親のスネをかじる」
「虎の威を借りる狐」
「寄らば大樹の陰」など。
一人で生きていけないと
戒めてくれることわざは
たくさんある。
自分が強がってしまう時、
そんなことわざを
思い出すこと忘れない。
少しだけ気持ちが
謙虚になり、
自分の立ち位置を
間違いないで
生きていけるはずだ。
(今日のコトバ)
プレッシャーとは、
目標を超えようとする
勇気に生まれる。
ここ一番の勝負の時、
必ずプレッシャーを感じる。
いいようのない圧力と、
興奮、緊張、、。
いろいろな力が
肩にかかって、
正常ではない自分に
なってしまう。
ただ、プレッシャーが
あるからこそ、
自分の力以上の力を
発揮することもある。
無言の圧力も力となって、
最高を更新する自分に
なることもある。
もちろん、
プレッシャーに負けて、
実力通りの力を
発揮できないこともある。
プレッシャーが
どちらに左右するかは
わからない。
だが、それでも、
プレッシャーは
最高を更新させる力がある。
だからこそ、
何度もプレッシャーを
経験して、免疫をつけて、
プレッシャーに強くなる。
自分を進化させるには
大切なことだ。
(今日のコトバ)
失敗した場所は、
もっとも成功に近づいた場所。
敗北した場所は、
もっとも勝利に近づいた場所。
一生懸命生きていても、
失敗することもあれば、
負けてしまうこともある。
人生は、
どちらかというと
成功よりは失敗が多く、
勝利よりは敗北が多い
気もする。
ただ、
懸命に取り組んだもので、
失敗や敗北したものは、
その地点が現状の最高到達点。
いちばん実力を発揮した地点。
そう考えると、
成功や勝利にいちばん近づいた
地点ともいえる。
だとすると、
その地点からもっと上を
目指せばいい。
あきらめる必要もない。
そこから、また、
挑戦すれば、
成功や勝利への確率は
もっと上がる。
懸命に頑張ったことは
無駄にならない。
そんな気持ちで生きていこう。
(今日のコトバ)
生き残れたのは、
攻められた数より、
守られた数の方が
多かったから。
守られた人間だから
生きているのだ。
運とか、偶然とかではなく、
いま、生きているのは、
誰かから
守られたからだと思う。
考えてみて欲しい。
攻められること、
責められることが、
守られことより多かったら、
生きていられるだろうか。
平凡な日を
過ごしていられるだろうか。
激動な日を
生きていられるだろうか。
どんな人も
世の中の出来事から
守られたから生き残ったのだ。
その意味を忘れてしまうと、
人生を間違った方向に
進めてしまう。
「守られている」
そのことをいつも
心に刻んで生きる。
つまり、
毎日を感謝して生きる。
道を間違いないために
大切なことだ。
(今日のコトバ)
今日、
昨日より歩きやすい道を
探すのが人生だ。
今日を生きている。
なぜ、今日を生きるのか。
夢や目標を叶えるために
生きている人もいるだろう。
漠然と生きている人も
いるだろう。
楽しみながら生きている人、
苦しみながら生きている人、
様々いるはずだ。
ただ、一言いえるのは、
心の片隅で
「昨日よりいい今日にしたい」と
思っていること。
昨日良いことがあった人は、
さらに良いことあって欲しい。
昨日良くないことがあった人は、
良くなることがあって欲しい。
そう心のどこかで思っている。
人生は長く続く道。
良いことと
良くないことが
交互にやってくる。
その出来事を
人生では歩きやすい道に
変えたいと思っている。
昨日より今日という
思いの連続が、
人間を成長させるのだ。
(今日のコトバ)
傷ついたのは、
自分の名前を守ったからです。
なぜ人は傷つくのか?
よくよく考えてみると、
一つの思いに到達する。
それは、自分の名前を
守ろうとするから。
攻撃されて傷つく。
嫌われて傷つく。
差別されて傷つく、、。
どの傷つくことも
辛いが、
自分が傷つけられた時、
守った名前のために
痛みを感じている。
自分の名前がなければ、
きっと、傷つくことも
少ない。
もっというと、
無傷であることも多い。
だからこそ、
自分の名前を守ることは
大切。
自分の名前は傷つきやすい
生きもの。
プライドの礎にもなっている。
自分の名前は、
一生付き合う
プライドであることを
忘れてはいけない。
(今日のコトバ)
他人が築いた道は歩きやすい。
ただし、
他人のルールで歩かされる。
自分が切り拓く道は凸凹だ。
ただし、
自分の好きなように歩いて行ける。
歩いて行く道が
できていることは
ありがたい。
前を向いて、
ただ歩いて行けばいい。
何も考えなくても、
整備されているから
歩いていける。
だが、
歩いて行く道がない場合は、
道をつくりながら
歩かなければならない。
迷い、考え、しんどく辛い。
整備された道を歩くより、
よっぽど大変だ。
ただ、自分がつくった道だけに、
自分のルールで歩いて行ける。
誰に文句をいわれずに、
好きなように歩ける。
どっちがいいかではない。
道は二択ある。
自分は人生の中で、
どっちの道を選ぶか。
その時の状況によって、
上手に道を選ぶこと。
それが、
生きるために
大切なことなのだ。
(今日のコトバ)
沈黙は、権力者への一票。
「沈黙は金」
そういったことわざがある。
確かに、ある場面では、
沈黙が美徳になることもある。
いちいち言葉にして
騒いで何になる。
ここは黙って耐える。
そんな状況の時もあるだろう。
だが、世の中は
そうとばかりはいえない。
黙っていることで、
権力のある者に搾取され、
損をすることもある。
黙っていることで、
反対の姿勢が伝わらず、
賛成していると
思われることもある。
黙っていることは、
ワルい連中からすると、
いくらでも利用できる。
だからこそ、
沈黙ばかりではなく、
自分の姿勢を
はっきりさせたい時は、
意見を言葉にする。
沈黙するのではなく、
意志を明解にする。
その意志を
明解にすることこそ、
自分が生きる存在証明になる。
沈黙は金の時もあるが、
言葉にすることが
金になる時もある。
そのことを忘れてはいけない。
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