準備という作業は終わらない

 

(今日のコトバ)

 

最高の準備は、

日々、上書きされる。

 

 

「準備されたところに運は宿る」

そういわれることがある。

その通りだと思う。

ただ、

準備という作業に終わりはない。

今日、準備が完璧にできたと

思っても、

明日には足りない部分が必ずある。

もっといえば、

今日も完璧ではないかもしれない。

そう考えると、

準備に終わりはなく、

常に新しい準備をし続ける。

昨日より今日、

今日より明日という意識を持って

準備をしていく。

そして、いい準備が

できているところに

運が宿るのだ。

 

 

スケジュールと実行力

 

(今日のコトバ)

 

夢は、

スケジュールを出さないと

キャンセルしてくる。

 

 

誰もが夢を持つ。

その夢が実現できるか、

夢のままで終わらせるかは、

実行力にかかっている。

そんなことは誰もわかっている。

ただ、わかっているが

いつまでも実行しない人は多い。

口だけの人もたくさんいる。

いちばん感じるのは、

夢は実現したのだが、

実行以前にスケジュールを

組めない人が多すぎる。

夢が

漠然としているからかもしれないが、

何の工程表もなく、

何とかなるのではないかと思っている。

長く夢見るままでいると、

やがて夢の方が

消えていってしまうこともある。

夢が「あなたとは実現できない」と

止めてしまうのだ。

そう考えると、

まず夢にスケジュールを立てる。

できることからでいいでいい。

少々、実現までの時間を

長くとってもいい。

ただ、絶対に夢達成までの

ゴールは決めておく。

そして、そのゴールに向かって、

人生を前進させる。

スケジュールと実行力を

念頭におくべきだ。

夢までのプロセスを語れ

 

(今日のコトバ)

 

夢ばかり語っている人といると

疲れるけれど、

夢までの道程を語る人といると

元気になる。

 

 

 

夢を持つことはいいことだし、

誰かに語ることも

ワルいことではない。

ただ、夢物語ばかり、

奇想天外なことばかり

話されると、

疲れてしまうことがある。

「それ無理じゃないか?」と

思ってしまう。

だが、夢を語りながら実現までの

プロセスを語る人がいると

自分も熱くなる。

その人の持ってる夢への情熱が

自分にも心にも着火され

熱くなる。

無理だとは思わない。

「もしかするとその夢を

叶えてしまうかもしれない」と

思えてしまう。

もっというと、

自分もその夢の一員に

なった気がすることもある。

そうなると、自然に

夢の仲間をつくることもできる。

夢は一人では達成できない。

誰かの力が必要な時がある。

その時、夢までのプロセスを知って

熱い気持ちになってくれる人が現れたら、

夢の実現はしやすくなる。

夢までのプロセスを語るのは

大事なことなのだ。

 

未来がきてからでも遅くない

 

(今日のコトバ)

 

不安は、未来のムダ遣いです。

 

 

期待と不安。

すべては未来があるからこそ

起こる気持ち。

そう思っている。

期待はポジティブになるから

ウエルカムだ。

だが、不安はどこまでも

ネガティブになる。

良くないシミュレーションを

繰り返してしまう。

不安の要因が解消されるまで

悩み続ける。

だが、その不安はたいがい

取り越し苦労に終わる。

想定していたネガティブな事態は

ほぼ起こらない。

だとしたら、不安になるような

状況になっても深くは悩まない。

もし、不安になるなら

未来がきてからでも遅くない。

そう気持ちをシフトしていく。

不安は未来をムダ遣いしている。

そのことを忘れてはいけない。

努力を続けて抜け出そう

 

(今日のコトバ)

 

スランプの出口は、

未来の入口だ。

 

 

伸びが止まり、

遅々として

成長していない感じがする。

スランプと呼ばれる状態。

誰でも感じたことはあるはずだ。

一生懸命やっていればいるほど、

尚更、成長を感じないと

不安になってくる。

ただ、スランプは

自分が思っているだけのこと。

まわりの人が見ていると、

スランプでも

なんでもない時もある。

また、数字の伸びが止まった時でも、

やり方を変えたり、

体や精神が疲れていたりで、

能力が発揮できないこともある。

ただ、だからといって

努力を止めてしまうと、

マイナスへ後退してしまう。

きっと、自分の中の何かが

ブレているだけ。

「そのうち抜け出せる」

それぐらいの気持ちを持って

焦らず努力を続ける。

間違いなくスランプは

未来の扉。

スランプを乗り切った時、

新しいレベルに到達する。

自分を信じて努力を続けよう。

 

思いやりの瞬発力と持久力

 

(今日のコトバ)

 

優しさは、

一番はじめに駆けつける瞬発力と

一番最後まで手を握る持久力が

必要だ。

 

 

優しさって、なんだろう?

そう自問自答した時、

一つの答えが浮かび上がる。

それは、相手に対する思いやりの

瞬発力と持久力だと。

ここぞという時に、

瞬間的に思いやりを捧げる。

躊躇せず、遠慮せず、

瞬間的に手をさしのべる。

そして、相手が優しさを

必要としなくなるまで

思いやりを捧げ続ける。

優しさとは、

そういうものでないだろうか。

一瞬だけ優しいとか、

みんなが優しくしているから

優しくするとかは、

ほんとうの優しさではない。

「いい人です」という名刺を

渡したいだけの気もする。

優しさは必要のない時は、

あたりまえだが必要はない。

ただ、ほんとうに悲しい時、

つらい時には、

人の優しさは大きな支えになる。

そして、

ほんとうにありがたい優しさは、

思いやりの瞬発力と持久力。

そう思うのだ。

 

嘘を見破るには行動を見よ

 

(今日のコトバ)

 

言葉で嘘をつくのは簡単だ。

行動で嘘をつくのは困難だ。

 

 

 

嘘。

人は人生のさまざまな場面で

嘘をつく。

言葉を中心に

真実ではないと知っていて

人をダマす。

嘘といっても、

許される嘘と

許されない嘘がある。

冗談ですむ嘘もあれば、

一生にかかわる嘘もある。

嘘にもグラデーションがある。

ただ、一言いえることがある。

それは、嘘は簡単に言葉にできるが、

嘘を行動で示すのは

難しいということ。

行動で嘘をつくということは、

いいかげんにはできない。

上手く人をダマすために

真剣に演技をする。

真剣にやると、

そこに真実が現れたりする。

もちろん、詐欺師のように

行動すべてを嘘で固める人もいる。

だが、普通に生きている中での嘘を

行動にするのは大変な作業。

もっというと、行動は力仕事。

行動にするまでの嘘はしんどい。

つまり、行動では

ほとんど嘘がつけなくなる。

「嘘を見破るには行動を見ろ」

そこに嘘に巻き込まれない

一つの基準がある。

歩み寄るという知恵

 

(今日のコトバ)

 

世界の悲劇を終息させるには、

神様が足りない。

人間でできることは、

人間でやってくれといっている。

 

 

なぜ、人間は人間を

理解できないのだろう。

正論という言葉がある。

大人になるまで正論は、

みんなの正しい論拠だと

思っていた。

だが、よくよく考えてみると、

正論は他人にも自分にもある。

極論をいえば、

人間の数だけあるといっていい。

一人一人が正論で責めたら、

世界がまとまるはずはない。

だだ、

人間には経験値がある。

知恵がある。

なんとか他人の正論と

自分の正論を調整して、

一つの解答を出しても

良いのではないかと思う。

だが、その正論はまったく違う着地を

することもある。

国家の政治という単位になると、

まったく右と左で分かれてしまう。

それでも、

人には歩み寄るという能力がある。

もう一度、

他人も認めて自分も認めてもらう

着地点を探る。

その意識を世界中の人々が

持てるようになると、

平和な世界がやってくる

気がする。

行動は理解しやすい

 

(今日のコトバ)

 

人間は、

考えていると小さくなって、

動いていると大きくなる。

 

 

岐路に立って

考え悩む。

頭の中で試行錯誤して、

一歩踏み出すことに躊躇したりする。

兎角、考えていると時は

動きが鈍くなるものだ。

反対に、考えることよりも

行動することで解決策を探る。

そういう人は

動きがダイナミックにみえる。

そのやり方が

正しいか正しくないかは

わからない。

ただ、動くことによって

行動がわかりやすくなる。

大きく行動していると

まわりの人から認知される。

知恵を貸してくれる人が

現れるかもしれない。

手を貸してくれる人が

現れるかもしれない。

心配してくれる人も

増えそうだ。

頭の中でモヤモヤするより

いいことはありそうだ。

人を巻き込んでも解決したい時は、

行動するところをみせることも大切。

考え悩む。

ダイナミックに行動する。

自分で選べばいい。

いい選択をして

生きていけばいいのだ。

 

プレイヤーというクリエーター

 

(今日のコトバ)

 

読むばかりでなく、

書くのだ。

聴くばかりでなく、

歌うのだ。

観るばかりでなく、

描くのだ。

才能は発表はなければ、

命を持たない。

 

 

自分に才能があると

信じていて、

何とか頭角を現したいが

何をしたらいいかわからない。

そんな時は、

とにかくプレイヤーになることだ。

好きなものの

延長線上にあるものを選んで、

まずはやってみる。

初心者として人より

呑みこみが早かったり、

習得時間が短かったりすれば、

才能がある分野かもしれない。

その分野を突き進めばいい。

次に、その才能が異彩を放つか。

人と違っていれば、

オリジナルの能力かもしれない。

自分の独壇場になる可能性もある。

そして、その上で

困難にも立ち向かえるか。

困難に立ち向かえるということは、

タフな精神力も

あるということになる。

一つの才能が

あるかないかの試験が

あるとすれば、

ここで試験は合格かもしれない。

ただ、最後に残った

一番大事なものがある。

それは、継続する力。

または、

習慣化する力といってもいい。

一つの才能を生み出し

ほんとうの力にするには、

そこまでの工程を

乗り切らなければならない。

ただ、ここまでくるのは、

大きな結果を求めたもの。

まずは、自分プレイヤーという

クリエーターになること。

そこがスタートになる。

自分の好きなもので

得手なものを探して、

一歩を踏み出してみよう。