自信を持つ状況

 

(今日のコトバ)

 

敵の息が上がっているのを聞くと、

こっちの息が整っていく。

 

 

 

 

敵があわてふためくと、

状況は変わってないのに、

自分が落ちつくことがある。

また、自分以外のまわりが悲惨だと、

自分が妙に

ポジティブになれることがある。

人は、いやでも人と比較する生き物。

相手が自分よりわるい状況であると、

それだけで力が生まれることがある。

どこかに

自分の方が有利であるという

安心感が、

根拠のない自信をつくる。

それでも、自信は自信。

自分が生きていく上で、

余裕を持った判断ができるなら、

この状況がつくるのも一つの方法だ。

いま、もし、

自分の状況判断に自信が持てないのなら、

敵があわてる状況をつくってみよう。

また、

自分より悲惨な人間を思い浮かべてみよう。

そこに、自分が落ちついて状況を判断できる

環境がつくれるかもしれない。

冷静な自分を見つけることが

できるかもしれない。

状況判断に自信のない時、

思い出すのも大切なことだ。

 

最高の舞台は、いまいる場所

 

(今日のコトバ)

 

この場所を大事にしなければ、

あの場所で大事にされない。

 

 

 

 

まず、いまいる自分の

ポジションを大切にする。

置かれた場所で最大限の力を発揮する。

その力が、

これからの将来を決める。

いまいる場所で、

力を発揮しなくて、

次の場所で力を発揮できるというのは、

絵空事に近い。

この場所で最大限にがんばるのも

さることながら、

この場所で最大限に自分の力を

引き上げることも大切。

いまできないことを、

この先できる保証などない。

むしろ、できないことの方が多いはず。

もちろん、いまの環境がわる過ぎて、

どうしようもない時もある。

場所を変えた方がいいという選択もある。

ただ、もっといい舞台を与えられたいと

思っているなら、

まずは、いまいる場所で

最大限の力を発揮する。

そこを避けて、次はない。

いまいる場所で、自分を最高に研鑽していく。

それこそが、その先の大きな舞台へ

近づくいちばんの道なのだ。

 

困難を乗り越えたという財産

 

(今日のコトバ)

 

どれだけ生きてきたことが財産になっているか、

それは、困難に立ち向かう時わかる。

 

 

 

人生には、困難が訪れる。

突然、それも予定外に訪れる。

その時、どう乗り越えるか。

生きてきた中で、

自分に対処する財産があれば、

なんとかなる。

だが、財産がない場合、

経験値がない場合は、

乗り越えられないこともある。

もちろん、新しい困難を乗り越えて

自分の財産にすることもあるが、

いちばんは自分の財産で

困難を乗りきれることが

最善の策だ。

そう考えると、

困難に立ち向かうだびに、

自分の財産がどれだけあるかが、

勝負になる。

その財産をつくるために、

自分の前にある課題に

積極的に取り組んでいく。

その意識と行動が

人生の困難を乗り越えさせいてく。

そのことを忘れてはいけない。

No.1でなく、MVP

 

(今日のコトバ)

 

No.1にならなくても、MVPになることはできる。

 

 

 

 

最大の働きをする。

どんなところでも手を抜かず、

懸命な仕事をする。

決して、No.1の実力ではないが、

パフォーマンスを評価される。

そんな人は、

チームに絶対にいてほしい人だ。

一つのプロジェクトを

完遂するためには、

様々な能力の人が必要。

ただ、一人ひとり能力が違うから、

まとめる作業が大切になる。

もちろん、リーダーと呼ばれ

まとめることが仕事の人はいるが、

その人が現場で大車輪の

パフォーマンスをすることは難しい。

現場には現場で

最高の活躍をする人が必要。

そして、その活躍は、

意識さえ高ければ、

誰にでもチャンスがある。

サッカーでいえば、

運動量豊富な存在。

そのポジションは、

誰でもつくることができる。

No.1ではなく、MVP。

できれば、

そんな存在になりたいものだ。

いまやるべきことに全力を

 

(今日のコトバ)

 

命にタイムリミットがあるから、

夢や希望が全力で走り出す。

 

 

 

永遠の命は、ない。

誰もがタイムリミットの中で生きている。

それも、ほとんどの人は、

人生の期限を知らないで生きている。

だからなのか、

人は夢や希望という

大きな想像力を働かせる。

命の、人生のタイムリミットの中で、

夢や希望を叶えるために

想像力を働かせ、

人生のスケジュールをつくる。

人生はそのスケジュールを消化していく。

もっといえば、

そのスケジュールも

期限がある。

「いまできること」と

「これからやりたいこと」を選別して

人生の時間を割り当てる。

人は、

その中で力を発揮していく。

だからこそ、

生きることは美しくなるのだ。

いま、何か目的がなく

宙ぶらりんの人は、

命のタイムリミットを考えてみるといい。

いまやるべきこと、

これからやりたいことが

選別できるはず。

その、いまやるべきことに、

全力を尽くす。

それだけでいいのだ。

 

行く人、行く場所がある

 

(今日のコトバ)

 

人生だって、糖分が必要。

そして、塩分も必要。

 

 

 

 

長い時間、人生を生きていれば、

時に弱音を吐きたくなったり、

時に強気に吠えてみたくなったり、

同じ気持ちでいられない自分がいる。

その気持ちをなんとかなだめながら、

日々を乗り越えていく。

それが人生ともいえる。

その中で、

弱音を吐きたい時は、

甘える気持ちを許してくれる人の下へ行く。

強気になりすぎて、

人を傷つけてしまいそうな時は、

厳しくしかってくれる人の下へ行く。

悲しくなった時のためにも、

苦しくなった時のためにも、

行く人、行く場所があれば、

人生のバランスはとれる。

人生に大切なのは、

人と場所なのだ。

人は人、自分は自分も大切

 

(今日のコトバ)

 

他人の顔ばかり見ていると、

自分の色を失ってしまう。

 

 

 

 

人の顔色を見る。

生きていれば大なり小なり、

顔色をは見てしまう。

見てもらわなければ困ることもあるし、

見てあげなければいけないこともある。

ただ、必要以上に

人の顔色ばかりみる人がいる。

つねに見ている、といっていい。

相手の顔色ばかり見る。

それは、相手からすれば

有難い反面、面倒くさい部分もある。

もっというと、人の顔色を見すぎる人は、

人を見すぎるあまり、

自分を失っている。

自分の色がなくなっているのだ。

ただ、人の顔色を見るだけの人。

それでは、あまりにも人生がつまらない。

人は自分のやりたいことをやって、

人生が楽しくなる。

もし、いま、

自分が人の顔を見すぎていると思ったら、

意識して人の顔色を見ないように

してみよう。

少しずつでいい。

人は人。自分は自分の部分を持つ。

時間はかかるかもしれないが、

人の顔色に支配されない人生が

始まるはずだ。

臆病がリスクヘッジしてくれる

 

(今日のコトバ)

 

臆病は、人生を救う唯一の病だ。

 

 

 

臆病だから、冒険できない。

立ち塞がる危機に

挑んでいけない。

後ずさりする。

キョロキョロ様子を見て、

危機回避をしようとする。

ネーミングとしても、

あまりカッコよくない。

ただ、生きていくために

この臆病という病は、

ものすごい力を発揮する。

力というよりは、

安全に生きるために

心をコントロールしてくれる。

臆病の持つビクビクした気持ちが、

無謀に飛び込んで

大けがをするようなことを

回避させる。

出来事が起こるたびに

リスクヘッジをかけて

考えるようになる。

勢いよく前進しない変わりに、

傷つくことも最小限に抑える。

人生を考えた時、

いいことばかりではないが、

生きていく上では大切な機能。

よくサッカーなどのスポーツでも、

攻撃型のチームより守備型のチームが

強かったりする。

人生も同じように

守備的に生きる時、

臆病は機能する。

だからこそ、臆病も大事にする。

生きるために必要なことだ。

 

一生一度をやりきれ

 

(今日のコトバ)

 

どうせ一生一度なら、

未開の地を約束の地にするんだ。

 

 

 

どうせ人生一度きり。

何をやっても、

何をやらなくても、

一度きりなのだ。

せっかく一度生きるという

チャンスを与えられたのなら、

人のやらないことをやるのも、

いいじゃないか。

誰かの足跡についていき、

納得しない人生をおくるより、

自分の行きたい場所へいって、

気持ちよく生きる。

何も人のやらないことといって、

メチャクチャなことをするのではなく、

自分の考えも下、新しいことをする。

やりたい方向へ全力で走っていく。

自分が納得することは、

自分が満足することへ近道になる。

人生は一生一度という期限付き。

ならば、やりたいことを

やりきって生きる。

それが人生の醍醐味なのだ。

 

あきらめない先にギフト

 

(今日のコトバ)

 

失望より、あきらめの方が絶望的だ。

 

 

 

何かが崩れていく。

何かが終わっていく。

そのきっかけは、

いつもあきらめることだった気がする。

あきらめようと思った瞬間、

それまで築いた様々なものが、

一瞬で消えていくことさえある。

それは、失望や喪失感のその先をいく

最後通牒のようなもの。

もしかすると、絶望より

絶望的な気持ちかもしれない。

だが、あきらめるという

比較的軽い感じの言葉なので、

簡単に言葉を使ってしまう。

「あきらめる」

その言葉通り、

あきらめたものを一度考えてみる。

後悔するものはたくさんあるが、

良かったと思えるものは

ほとんどない。

特に仕事をしていると、

あきらめてしまったことで、

大きく後悔することがある。

人生の出来事でも、

あからめない選択はなかったかと、

後々、悩むこともある。

失望や喪失感は、

やがて再生されることもある。

ただ、あきらめてしまったことは、

そこで終わってしまう。

もう、再生されることはない。

そう考えると、

あきらめることは、

なるべくしない方がいい。

もちろん、日々の些細な出来事でなく、

人生を懸けた作業や夢などの

一大事には、

あきらめのわるい自分であっていい。

人生では、

あきらめなかった先に、

素晴らしいギフトを

用意してくれている。

あきらめなかった人が、

どれだけ結果を出しているか

思い浮かべればわかるだろう。

だからこそ、

あきらめない気持ちを大切にしたい。

そこが人生の肝になる。

間違いないと思う。