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(今日のコトバ)
根拠のない自信もいいが、
どうせ持つなら、
根拠のない勇気を持とう。
「根拠のない自信はどこからきてる?」
といわれる人がいる。
実力はたいしたことがないのに、
なぜか自信に満ちあふれている人。
自分のまわりにも、
一人二人思いつくだろう。
メンタルが強いのか、
鈍感なのかわからないが、
何事にも平気でいられる。
年をとると、
うらやましくもあるメンタルだ。
ただ、根拠のない自信だと、
役に立たない場合も多いが、
これが根拠のない勇気だとどうだろう。
根拠のない勇気。
根拠がなくても勇気が持てる。
これは人生において大事な力になる。
才能があっても、忍耐力があっても、
頭の回転が速くても、タフであっても、
それらの力を発揮するには、
必ず勇気が必要になる。
勇気がないと、
いいものを持っていても、
発揮できないで終わることが多い。
誰かに披露したり、
どこかに発表したり、
何かの戦いに挑んだり、、、。
すべて勇気が必要になる。
その勇気という力は、
才能や忍耐力などの力と、
また別の力。
がんばることとも違う。
わかっていることは、
勇気の力をつけようと思えば、
勇気が必要とする状況に
何度もトライし、
勇気の出し方を知る。
それしかない気もする。
答えはない。
だからこそ、
勇気が必要な場面つくって生きる。
勇気があるかないかなど、
それこそ根拠がなくていい。
ただ、勇気が自分のものになるように
生きると、
人生は大きく変わる。
人生の新しい世界を
切り開いていける。
それだけは間違いない。
そう思うのだ。
(今日のコトバ)
失ってから気づく
大切なものとは、
いつもそばにいて
あたりまえにあるものだ。
「大切なものを失った」
そう思うことがある。
人であったり、
ものであったり。
失ってから、特に、
その大切さが身に染みてくる。
そして、そのものとは、
身近にあって、
あたりまえに存在したもの。
すぐそばにいて、
空気のように存在したものばかりだ。
だが、人は、
あたりまえにあるものの価値を、
生活の中で忘れてしまう。
時に、近くにいるから、
ストレスになったり、
反対にストレスのはけ口にしてしまう。
あたりまえに
自分の前に存在することは、
自分に幸せを届けてくれることと
同じ意味なのに気づかない。
だからこそ、
いま、自分のまわりにある
あたりまえを大切にすべきだ。
かけがえのない大切なもの。
失っては困るものは、
あたりまえの中に存在する。
忘れてはいけないことだ。
(今日のコトバ)
雑草だって、
いくら踏みつけられても
平気な顔をしていたら、
語り草になる。
才能がないと思われたって、
人一倍努力する。また、
コツコツと一つのことを継続する人は
何らかの結果を出す。
結果もさることながら、
その姿勢がまわりの人に評価される。
本来、評価されることが目的ではないが、
評価されることによって、
才能が武器になることもある。
「アイツは、努力するから信用できる」
そう思われることもある。
もちろん、努力するだけで能力が
あるとは限らない。
ただ、努力を怠らないという信頼が
ついてまわる。
さらにいえば、
努力をするという生き方に対して、
エールを送られたり、
拍手を送られることもある。
努力する、
継続するということには、
副産物も生むのだ。
いま、努力が足りないと思う人、
才能だけに頼ろうとしている人は、
一度、考えてみるといい。
努力、継続がどれほど人生を
豊かにするかを。
想像以上に人生のために
貢献するはずだ。
(今日のコトバ)
未来にまだ名前はない。
成功だって、勝利だって、幸せだって、
好きな名前をつけることができるんだ。
ちょっと先の未来も、
何が起こるかわからない。
想像もしない出来事が
待っているかもしれない。
途轍もないチャンスが舞い込んだり、
予想もしなかった朗報が届いたり、
人生を変える出会いがあったり
するかもしれない。
未来は、夢や希望を具現化できる時間。
さらにいえば、
奇跡のようなことだって
あるかもしれない。
そう思って生きると、
人生がワクワクしてくる。
もっと前へ進もうと思うようになる。
もちろん、
その反対でいい話ではない時もある。
ただ、未来は、まだ何も起こっていない。
だとしたら、自分でいい方向へ
考えることが大切。
人生は一度きり。
いい方向へ考えている時間が
長ければ、それだけ人生は楽しくなる。
いい方向を考えて、
そこへ向かって前進する。
人生を素晴らしいものにするために
必要なことだ。
(今日のコトバ)
「借り」をつくると、
担保に「運」を持っていかれる。
人は、いろいろな場面で
「借り」をつくる。
物質的なことで、
精神的なことで、
意識するしないにかかわらず、
「借り」をつくることがある。
ただ、「借り」を一方的に
つくってばかりいると、
人はだんだん弱気になる。
「借り」をつくっている相手に
卑屈になってしまう。
卑屈になると、
強い気持ち、正しい気持ちで
相手に接することができない。
場合によっては、
ここぞという時、
チカラを発揮できないこともある。
大きく考えると、
人生のチャンスを
逃すことになりかねない。
そう思うと、
やはり「借り」はつくらない方がいい。
できれば、一方的ではなく、
「貸し」「借り」の成立する
関係を築いて生きていく。
ギブ・アンド・テイク。
基本の関係はそこにある。
そこで、人生のバランスをとっていく。
忘れてはいけないことだ。
(今日のコトバ)
手が震えている自分がいる。
足が震えている相手がいる。
心が震えている二人がいる。
ここぞという戦いの時、
人は緊張する。
落ち着かなくなって、
貧乏ゆすりをしたり、
手足が震えたりすることもある。
ただ、人間は緊張する生きもの。
多かれ少なかれ緊張している。
だからこそ、心配するなといいたい。
自分も、相手も、同じ緊張感を
持っているいる。
ハンディはない。
緊張していても、
緊張した中で自分のチカラを出せばいい。
緊張するから実力が出せないと
思う必要はない。
緊張の中で出した力が実力と思えばいい。
人には、どうしても
戦わなければならない時がある。
最高の力を発揮したいと思う時がある。
その最高のチカラとは、
緊張した時に発揮するチカラ。
そう思って挑めばいい。
相手も緊張している。
緊張は、大勝負とセット。
あたりまえのように受け入れ、
挑めばいいのだ。
(今日のコトバ)
頂上も、まだ、坂の途中。
人は、頂上を目指して生きている。
高い頂上、低い頂上あっても、
頂上を目指している。
そして、その頂上にたどり着くだびに
達成感を感じ、喜びを感じる。
人生は、その繰り返しといってもいい。
本来、一つの頂上に着くと、
また、新しい山が見えてくる。
その山へ向かって歩き出すのが、
生き抜くサイクルだ。
だが、人は一つの頂上に達すると、
満足して、そこから登ることを
やめてしまうことがある。
高い頂上だったり、
大きな目標であると、
尚更、満足してしまう。
ただ、人は生きている限り、
目標は生まれていく。
そのたびに、新しい頂上も生まれる。
つまり、生きている以上、
どんな頂上を登っても、
まだ、坂の途中なのだ。
だからこそ、
次の頂上を見つけ、
歩を止めず歩いていけるか。
愚直に歩くことのできる人が、
成長の止まらない人。
遠くまでたどり着くことの
できる人なのだ。
(今日のコトバ)
考えすぎると、
問題は難題になってしまう。
考える生きものといわれる、人間。
確かに、深く、浅くにかかわらず、
日々、何かを考えている気がする。
ただ、いい深さで
意外に難しい。
あまり考えなくていいことを
考えすぎて深刻になる。
もっと考えなくはいけないのに
考えず軽薄になる。
ちょうどいい考えができることが、
結構難しいのが人間かもしれない。
だとすれば、
少なくとも考えすぎて深刻になることは
やめてみる。
小さな問題を大きな難題にしてしまう
可能性がある。
人生において、
難題ばかりだと
生きることが苦しくなる。
できる限り、
深刻にならず、
いい考え方ができるように生きる。
意識して、
深刻にならないことが大切だ。
(今日のコトバ)
肩書きとは、
名前の上に書かれた落書きである。
人は、肩書きを大切にしている。
肩書きで生きているといっても
過言ではない人も、
たくさんいる。
特に、会社に入れば
肩書きで序列が決まる。
社長→副社長→専務→常務→執行役員→
本部長→本部次長→部長→課長、、、
会社によっても違うが、
その肩書き順にパワーバランスが
決まってしまうことが多い。
だが、世の中に出てみると、
肩書きでは通用しないものも多い。
本当は自分で何ができるかが
問われてくる。
生きる術というか、
どう困らないで
生きていけるかが大事。
もっというと、
どう幸せに生きていけるか
ということになる。
肩書きは会社を辞めてしまえば、
その効力はない。
効力がなくなっても、
幸せに生きていけるか。
それが人生には大事。
いま、肩書きで生きていると思う人は、
肩書きがなくなっても、
幸せに生きるために何が必要か
考えて生きる。
そこができると、
人生は素晴らしいものになる。
(今日のコトバ)
あの人のやさしさの深さと、
あの人のかなしさの深さは、
同じ深さにある。
「やさしさは、
試練の数に比例している」と
誰かがいった。
まわりを見ていると、
結構当たっていると思う。
いろいろな人生の試練を経験して、
それでもがんばってきた人は、
やさしさの許容度も大きい。
人をあたたかく包むことができる。
もっというと、
傷ついた誰か対して、
やさしさで癒すことを知っている。
その人間力は
どこからきたのかというと、
人生の試練を乗り越えたからこそ、
と思うのだ。
「やさしい人」
人にやさしくできる人には、
そのやさしさの
根拠となる試練があった。
だから、もし、自分に試練があるなら、
逃げるだけでなく、
受け止めて生きてみる。
知らず知らずのうちに、
やさしい力がつく。
名前を変えると、
人間力ともいう。
試練は、
やさしさという人間力を生むのだ。
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