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(今日のコトバ)
人それぞれの持っている
「痛み」は、
どれほどのものかわからない。
勝ってに他人の「痛み」の
診断書をつくってはいけない。
痛みをかかえている人がいる。
時に大げさに見えたり、
時にたいしたことがないように見える。
ただ、あくまでも見た目のイメージ。
本人でないから、
本当の痛みはわからない。
それを、
「痛くない、痛くない」とか、
「大丈夫、大丈夫」とか、
「大げさだ」とかいってしまう。
痛さを決めるのは本人なのに、
まわりの第三者が決めてしまう。
本人と第三者では、
あたりまえだが
痛さは違う。
自分が痛みをかかえた時、
他人に痛みを決められたくないと
思ったはず。
そのことを忘れてはいけない。
できることは、
痛みをかかえている本人の
気持ちを尊重し、
寄り添ってあげる。
決して、
第三者が痛みの基準をつくらない。
痛みは本人しかわからないのだ。
(今日のコトバ)
普通の生活の中で欲しいのは
「特別」だけど、
特別な生活の中で欲しいのは、
「普通」でした。
平凡な毎日が続いている。
そんな暮らしをしていると、
特別なサプライズが
ないだろうかと思う。
なかなか特別なことはないし、
ないからこそサプライズは価値がある。
ただ、特別なサプライズは
いつも心のどこかで欲しいと思っている。
反対に、いい意味でもワルい意味でも
特別な日が続くと、
特別なことにはあきて、
普通の日々に憧れる。
刺激がなくても、
退屈でもいいから、
平穏な時間が欲しいと思う。
人はないものねだりをする生きもの。
普通ばかりでは、普通にあきるし、
特別ばかりでは、特別に疲れる。
そう思うと、
普通の時間を過ごしている自分は
心が安定して幸せだし、
特別な時間を過ごしている自分も
刺激があって幸せだ。
もちろん、不幸だって
あるかもしれない。
ただ、大きくまとめると幸せといえる。
そう感じて生きていいのではないだろうか。
(今日のコトバ)
人生を変えてくれる
素晴らしい人は必ずいる。
だが、まず自分が人生を変えようと
行動しなければ、
素晴らしい人には出会わない。
人生では、いろいろな人と出会う。
出会うことが、
人生の大部分を支配していると
いってもいいかもしれない。
出会わなければ、
自力だけでは、
できることは限られる。
人との出会いによって、
人生は大きくなっていく。
さらにいえば、
自分が目標に向かって行動している時、
素晴らしい人に出会う確率が高い。
無意識かもしれないが、
自分から出会いを
求めていることもあるし、
行動する自分を理解して、
人が集まってくることもある。
もちろん、
素晴らしい人ばかりではない。
人生を曲げようとする人とも出会う。
だが、それでも人と出会う確率は上がる。
もし、いま、
人と素晴らしい人と
出会う確率が低いと思ったら、
目標をもって行動しよう。
その過程で出会う人はたくさんいる。
まずは、行動だ。
(今日のコトバ)
言ってワルいことがある。
だけど、その境界線はわからないものだ。
何度も、何度も、
境界線を越えてみて、
行ったり来たりする。
そして、相手の気持ちが
わかるようになるのだ。
「コミュニケーションをとれ」
というけれど、
そう簡単にとれるものではない。
相手と話したり、行動したりして、
距離をつめながら、
コミュニケーションできる領域を知る。
その領域を知っても、
うまくコミュニケーションがとれる人と
とれない人がいる。
それぐらいコミュニケーションは難しいものだ。
だからこそ、
コミュニケーションが必要な時は、
「何度も、何度も」という
繰り返しのやりとりが必要。
どんな相手でも、
「これぐらいやりとりしていれば、
相手のことはわかる」
そう思えることが大事。
コミュニケーションが不足していると
思う人は、やりとりを増やす。
相手とのコミュニケーションがはかれ
見えないものが見えてくるはずだ。
(今日のコトバ)
強がりの99%は、
弱さでできていることを
忘れてはいけません。
誰もが
強がっている時、
心の中に弱さをかかえている。
弱さを隠すために、
強がりで覆っているといってもいい。
だが、自分も含めて
強がってることを忘れ、
強いと思って行動してしまうこともある。
強さと勘違いしてしまうと、
すぐに壊れたり、
すぐに崩れたりしてしまう。
強がりはあっという間に
正体をあらわし、
弱さそのものになってしまう。
だからこそ、
強がりは強さではないことを
忘れてはいけない。
強がりで失敗しないために
強がりは強さではないことを
肝に銘じよう。
(今日のコトバ)
未来の足音が聞こえる。
その足音はいつだって、
夢を目指して前進する
自分の足音だ。
計画がうまくいている。
絶対に成功するに違いない。
自信もある。
そんな時、
みなぎるパワーがわいてくる。
前進していく気持ちが強くなる。
誰もが経験したことがあるだうろ。
その前向きな気持ちになった時、
人はほんとうに成長していると思う。
さらに、自信もあるから、
強気で攻められるし、
勇気もわいてくる。
勢いといってもいい。
できれば、人生の中で
その時間を増やしたい。
その前向き気持ちが
自分を最高にしていく。
人生史上の最高を更新させていく。
前向きになる状況、
前向きになる心技体を整える。
最高の自分になるための条件だ。
(今日のコトバ)
お金で幸せを買えないことはない。
だが、幸せはお金で買えても
魂を売るとは限らない。
お金と幸せの関係は難しい。
お金が幸せをつくるのは間違いないが、
お金だけで幸せができるかというと
そうはいいきれない。
また、お金で何でも買えるからと
拝金主義に走ってしまうと、
お金でこっぴどい仕打ちを受ける。
あぶく銭で儲けた人も、
後々、お金に痛い目にあうこともある。
反対に、少しのお金でも工夫して
生きていると、結構幸せだったりする。
例えば、超ディスカウントのスーパーの
タイムセールで、いつも300円のものが
100円で買えると幸せを感じたりする。
サラリーマンが
お小遣い制で暮らしていても、
ビンボーだといいながら
幸せそうな顔をしている気もする。
だからこそ、幸せはお金で買えても
魂を売るとは限らないと思う必要がある。
同じ方向を向かう時もあるし、
別の方向をいくこともある。
人生には、お金と幸せのバランスが
大切なのだ。
(今日のコトバ)
人生の答えは、
同じものなど一つもない。
すべて答えが違うのだから、
誰かと答えが違っても
心配する必要はない。
それがあたりまえなのだ。
意見を出し合った時、
同じ意見が多いと安心する。
自分の意見が正しいと思ったり、
多数派の意見だから承認されるだろうと
思ったりする。
反対に、一人の意見だったり、
少数派意見だったりすると、
自分は間違っているのではないかと
不安になったりもする。
だが、ほんとうは、どちらが正しいとか、
正しくないとかの問題ではないことを
忘れてはいけない。
考えてみれば、
人の意見なんて人の数だけあるはずだ。
そのどれもが一理あるといっていい。
時間と状況が許せば、
すべて議論すべき価値があるかもしない。
つまり、意見なんて、
みんな違って、みんないいはず。
だから、自分の意見が違っても
落ち込むことはない。
自分の意見という正論を持つ。
それも人生の答えなのだ。
(今日のコトバ)
誰かがつくってきた道を
僕らは生きている。
一度ぐらい誰かがつくってきた道の
その誰かになってみるのもいいじゃないか。
つねに道は敷かれている。
誰かがつくった道がある。
その道の上を歩いている。
安全だし、安心して歩いていける。
ただ、その道は誰かがつくった道。
自分の理想通りではない部分もある。
自分の理想を追求しようと思ったら、
新しい道が必要。
自分がつくる道が必要になる。
たった一度きりの人生。
ほんとうに実現したい理想があるなら、
新しい自分の道をつくるのもいい。
大変なことは山ほどある。
長い年月がかかることもある。
だが、その道をつくった時、
自分の理想通りの生き方ができる。
やってみる価値はあるはず。
一度の人生を思い通り生きるために、
新しい道をつくってみようじゃないか。
(今日のコトバ)
人に頼っていいんだ。
人は、人を頼りにしながら
生きている。
「一人で生きる」なんて、
言葉にしかできない幻想だ。
孤独になると、
孤立すると、
人は、
「一人だけで生きている」と
思い込んでしまう。
誰も助けてくれず、
たった一人で生きていると
思ってしまう。
だが、一人で生き抜けるほど
人生は甘くない。
必ず誰かの力を借りて生きている。
考えてみればいい。
生きて入れば、
どこかで誰かにつながっている。
その中で自分が思うより、
手助けをしてくれる人もいるだろう。
もちろん、自分が助けても、
何も助けてくれない人もいる。
ただ、それでも助けてくれる人はいる。
「一人ではない」
その思いをもって生きてみよう。
孤独は、孤立は、寂しさは、
少しずつ消えていく。
どこかで、誰かがあなたを
助けてくれているのだ。
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