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(今日のコトバ)
絆は一瞬では切れない。
1mmずつ切れていくものなのだ。
ひとつの絆を結ぶまで、
長い時間がかかる。
何かをきっかけに、
信頼が生まれ、
それが裏切られないと、
絆が結びはじめられ、
長く続くと強い絆になる。
だが、時々、絆が切れてしまう場合がある。
たいがいは裏切られて、
スパっと切れてしまった気がするのだが、
本当にそうだろうか。
裏切られる前に、
何かしらの信号は点滅していないか。
ちょっとしたことで、
「それ本当?」
「ちょつと違うんじゃない?」
「嘘じゃないよね?」等の疑問符が
表れてきているはずだ。
ただ、それでも絆が結びついているから、
勘違いかもしれないと、
自分を抑えてしまう。
実は、そんなことが積み重なって、
ひとつの裏切りがあるからこそ、
絆は一瞬で切れてしまうだと思う。
人間関係の難しい問題だと思うが、
絆は結ぶのも、
切れるのも時間がかかる。
そのことだけは肝に銘じていたい。
(今日のコトバ)
経験は、
間違い、過ち、失敗でつくられた筋肉。
「経験者求む!」
よくアルバイト募集の告知で
使われた文句だ。
現場からすれば、
経験があると、
一から教えなくて済む上、
場合によっては即戦力に
なるかもしれないので、
ありがたいことこの上ない。
「経験者にお願いしたい」は、
現場の偽らざる声だろう。
その言葉はそのまま人生にも使える。
どんな状況でも経験した人は強い。
そんな人があらゆる状況に
参加してくれれば、
現場が戦力アップする可能性が高い。
経験。
では、その経験は
何からできているかというと、
間違えた経験、過ちの経験、
失敗の経験があり、
その部分は避けて、
物事を成就できるということ。
つまり、経験は物事を
まかせられる力があるということ。
もし、いま、
世の中に打って出ようと思う人は
経験を積むことが大切。
一番まっすぐな道といってもいい。
経験を身に着けるのだ。
(今日のコトバ)
大きな仕事は世の中を見ているが、
小さな仕事はあなたを見ている。
仕事。
小さな仕事もあれば、
大きな仕事もある。
通常の仕事もあれば、
イレギュラーな仕事もある。
人は生きるために仕事をする。
ただ、自分でやる仕事は、
自分のまわりでできる仕事でしかない。
小さな自分で管理できる仕事をする。
ただ、その小さな仕事が、
部署で集まると
ある程度の大きさの仕事になり、
会社レベルになると大きな仕事に見られる。
責任の大きさはともかく、
自分でできる範囲は限られている。
言葉が適切かは別にして、
小さな仕事が自分の目の前にある。
その仕事を丁寧に、懸命に完了する。
それが仕事への誠意。
功名心だけで
大きな仕事をやってるふりをしなくていい。
手を抜くことを学ぶことに背を向ける。
ただただ丁寧に懸命に仕事をする。
それこそが自分の評価になり、
自分の信頼につながる。
そのことを忘れてはいけない。
(今日のコトバ)
嘘は想像以上に人を救ってる。
だから、怖い。
真実と嘘。
どこかでいつもせめぎ合ってる。
「真実を話すべきか」
「嘘をついてしまおうか」
誰もが感じていることだと思う。
そして、こうも思う。
「真実をいうことが正しいのだろうか。
少なくても真実が伝わることで
相手は幸せになれるのだろうか」と。
真実を話さないことによって、
幸せになれる、もしくは、
不幸にならないのなら、
真実をいわなければいい。
だが、それは嘘をつくことにも
なりかねない。
嘘はワルいことだと思ってきたけれど、
それでもいいのだろうか。
そんなことが何度も頭を巡った。
真実は人を傷つけることもある。
嘘は人を救うこともある。
この永遠の課題を解決できずに
人生を生きるしかない。
「真実と嘘」
上手に使って生きていきたいものだ。
(今日のコトバ)
根拠なき自信は、
想像力とタッグを組むと
無敵になる。
特に若き日、
根拠なき自信のようなものがある。
起業家になって成功する。
役者となって映画で主演をする。
ミュージシャンになって世界に打って出る等。
人それぞれ夢いっぱいで生きている。
その根拠なき自信を本物にできる人もいる。
その人たちはほぼ同じ能力で
勝負しているところがある。
それは、想像力が卓越しているということ。
根拠なき自信は、
想像力と結びつくと
本物の力を持つ。
想像力には、どんな表現をすべきか、
そのために何をやるべきか、
ゴールと工程表がしっかりとでてきている。
その道が新しいものでも、
険しいものでも乗り越える想像力がある。
いま、根拠なき自信がある人は、
自問してみるといい。
そこに、この先のプランを想像できるか。
できる人は、
根拠なき自信が自信になる人だ。
(今日のコトバ)
少数派は、良心を捨ててはいけない。
意見が主流にならない時がある。
大勢が自分と違う意見。
自分の意見は少数。
ただ、自分の意見は絶対に正しい。
そう思うことが人生で何回かあった。
その意見が正しいか、
正しくないかはわからない。
大勢がいうのだから間違ってないと
気が変わることもあるし、
また別の第三の意見が
あるかもしれないと思うこともある。
そんな時は、どこに拠り所をもつか。
それは良心に従って
考えればいいのではないか。
良心に誓って正しいと思うなら、
その意見を主張していけばいい。
大勢が、主流派が間違っていることもある。
流されていることさえある。
意見を主張すための拠り所は良心。
そこに戻って意見を伝える。
正攻法だと思う。
(今日のコトバ)
負けた場所で
勝てるようになった時、
もっとも強くなる。
「オリンピックの借りは、
オリンピックでしか返せない」
日本代表の選手の何人かは、
そんな言葉で悔しさを伝える。
日本代表でなくても、
観衆の一人としても、
そうだと思う。
完全なるリベンジを果たすなら、
同じ舞台で同じ相手に
勝たなければと思う。
何もオリンピックでなくても、
負けた場所で、
負けた相手に勝つ。
それこそが本当のリベンジになる。
勝負に絶対はない。
確実に勝てると思って
負けることもあるし、
絶対負けそうだと思っても、
勝つことがある。
負けた場所で勝つことができれば、
いいリセットでき、
いいリスタートができる。
さらに、負けた場所で勝てれば、
自分が自分の成長を確認できる。
負けた場所で勝つことを
意識しよう。
(今日のコトバ)
愛することは最高の理解。
そして、最大の誤解。
人は愛し愛され生きている。
愛するだけの人もいれば、
愛されるだけの人もいる。
もちろん、愛し愛される人もいる。
ただ、愛という言葉で括った時、
人はその人を最高に理解しようとする。
いいところを見つけて、
楽しい時間を増やそうとする。
結果、最高の幸せを手に入れる。
それは正しい。
だが、こうもいえる。
愛には誤解も含まれていると。
「愛は盲目」という言葉があるように
いいところは見えても、
ワルいところ、
嫌なところが見えなくなこともある。
愛が冷めてきて、
その人を冷静に見つめると、
いいところばかりではないことに
気づく。
愛すること、
愛されることは大切。
ただ、その時に
多少の誤解は仕方ないにしても、
大きな誤解がないようにしたい。
それには、ちゃんと人を人柄を見る。
「愛しているから何かも素晴らしい」
ではない冷静な部分も持っておこう。
(今日のコトバ)
お互いがお互いの
「お互い様」でありたい。
「困った時はお互い様」
よく聞く言葉だし、
自分でもいった記憶もある。
熊本震災でボランティアの人が
口にもしていた。
年齢を重ねると、
この言葉はとても重いものに感じる。
「誰かが困っているから助ける」
自分がその行動をできているだろか。
自問自答してみると、
すべてできているとはいえない自分がいる。
好きな人にはできていても、
嫌いな人にはできていない気もする。
また、大切な人なのに甘えはするが、
助けることをおろそかにすることもある。
ただ、「困った時はお互い様」は、
生きていく上でとても大事。
絶対に誰かに迷惑をかけるのが人生。
その時に助けてもらえる自分でなければ
ならないし、
反対に、誰かが救いを求めていたら、
助けてあげなければいけない。
そんな気持ちを明解に表した言葉が
「困った時はお互い様」
よく知っている言葉だが、
さらに深く心に刻んでおきたい。
(今日のコトバ)
学んだことは、
人生に革命を起こさせる。
人は一生学ぶ。
何も学校へ行かなくても、
日々の暮らしの中でも、
学べることはたくさんある。
その学んだことと
自分の才能が結びつくと、
人生の大きな武器にする。
言葉は少し大袈裟かもしれないが、
人生に革命を起こすきっかけが、
学ぶことから始まる。
だとすれば、
学ぶことに貪欲になっていい。
自分の目標を定めて、
そのゴールのために学ぶ。
否、ゴールしても学びを止めない。
情報が毎日更新されるように、
学びも更新していく。
そんな生き方ができたら、
人生はとても素晴らしいものに
なるのではないかと思う。
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