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(今日のコトバ)
成功談を参考に。
失敗談を応用に。
何か成功したい時、
成功者のパターンを研究する。
「どうすれば成功するか。
最短距離はないか?」
努力はさておき、
勝利の方程式がないものか
考えたりもする。
ただ、成功した事例は
あくまでも他人の例。
同じことを同じようにやっても、
必ず成功が約束されるものでもない。
参考にするぐらいの気持ちでないと、
同じ結果にならないとあせってしまう。
だが、失敗例、失敗した人は違う。
「このやり方、この人のやり方では、
必ず失敗する」
そこから発想して、自分はどうするかを考える。
つまり、失敗はマネしようとは思はない。
「その失敗を自分ならどうするか」で考える。
はじめから想像的であるともいえる。
成功例、失敗例、
成功する人、失敗する人を
念頭に置くことは大事。
そこで何を参考にし、
何を応用するか。
そこに成功するための鍵があるのだ。
(今日のコトバ)
いい歌は、
人生といっしょに戦ってくれる。
ここぞという勝負の時に、
口ずさむ、聞きたい歌がある。
大好きなアーティストの歌だったり、
歌詞がとても気に入っている歌だったり、
自分を盛り上げたい歌がある。
そんな歌は、
勝負にいっしょに
戦ってくれているともいえる。
戦いへ乗り込む前、
戦っている最中、
戦い終わった後。
どこかでその歌が自分の中で
流れている。
「あの歌に助けられた」と
そう思う歌もある。
間違いなく自分といっしょに
勝負の時、
戦ってくれているのだ。
だからこそ、
その歌と生きていることを
意識していい。
勝負の時、
必ず自分と戦ってくれる
勝負の歌。
つまり、勝負歌。
誰にも、
あなたにもあるはずだ。
(今日のコトバ)
夢を話すだけでいたら、
夢の制限時間は終わってしまう。
人は夢を話す生きものだ。
付き合いが深くなった
ほぼすべての人から
夢を聞いた。
ただ、夢を語ったが、
その夢を叶えるために
行動した人はというと、
半分以下になって
しまったような気がする。
口では壮大な夢を披露するのだが、
その夢実現のためには何もしない。
もちろん、
夢に向かって猛進する人もいる。
ただ、口だけで終わる人も多い。
もったいない気もするのと、
肝心なのは
夢にも制限時間があるということ。
いまならできることも、
一年先、二年先、
十年先ではできないこともある。
反対もある。
いまできないが、
一年先、二年先、
十年先なら大願成就することもある。
つまり、夢と時間は
深くつながっているのだ。
だからこそ、
夢を叶えたいと思う人は
行動しよう。
思い立ったが吉日でいい。
いま、そこからスタートでいい。
夢を叶えるのに早過ぎることはない。
そう設定して生きてみよう。
(今日のコトバ)
「あなたがいたから最高の景色が見れた」
そんな「あなた」が誰でもいるはずです。
サッカーワールドカップの頃、
「最高の景色」という言葉が頻繁に
聞かれた。
確かに、人生で最高の景色という場面を
求めて生きてきたように思う。
サッカーのように自分ではなく
他力の最高の景色もいいが、
本来は自分で最高の景色が見れると
それほど素晴らしいこともない。
で、自分史を振り返ってみると、
進学、就職、恋愛成就、結婚、
アスリートとしての結果、
仕事の成功など、
最高の景色を見てきたはずだ。
そして、その最高の景色には、
いつも誰かが隣りにいた。
もっというと、隣りに誰かいたから
最高の景色になったはず。
だとすれば、
人生の最高の景色は、
誰かのため、
誰かと一緒につくるともいえる。
いま、そのために一緒にいて欲しい
誰かがいるか。
いる人は、最高の景色をつくればいい。
いない人は、これからでも遅くない。
その誰かをつくろう。
(今日のコトバ)
一流ではないし、
二流ともいえない。
三流かもしれない。
もちろん無名だ。
だけど、人生では千両役者なのだ。
平凡な生き様。
何の個性もない生き方。
社会の歯車に組み込まれて
存在感がない。
言葉にすると、
どこにも尖った部分がない人生。
たいがいの人は、
尖らない、尖ろうとしない、
尖ることをあきらめた人生を
受け入れて生きている。
だが、ほんとうにそうだろうか。
法律があるから、
罪になる尖り方はしないが、
ほんとうは人生の様々な場面で
尖っている。
形は人それぞれだが、
自分なりの尖り方を持っている。
ヒーローに見えなくても、
主人公と呼ばれなくても、
かっこいい尖り方を持っている。
その尖り方こそ、
個性であり、才能であるのだ。
だから、
どんな人生であっても、
自分の尖り方を捨ててはいけない。
その尖り方が生きる
アイデンティティなる。
尖った生きたを愛せ。
(今日のコトバ)
過去の清算に手間どる人生にしない。
未来の投資に役立つ人生にする。
昨日までのことが解決しないと、
今日、そして明日以降の未来は、
昨日までのことで手間どる。
トラブルや放置していた案件があると、
今日という貴重な一日が
過去処理に費やされる。
反対に、昨日までの諸問題を
クリアしておけば、
今日は最大限未来のために使える。
だからこそ、
日々一生懸命生きて、
毎日の諸問題を解決しておく。
その意識で行動すれば、
たいがい今日は未来のために使える。
未来のために使えれば、
新しい何かができる。
自分の成長・進化への投資もできる。
もちろん、過去のことがきれいに
解決できることばかりではない。
だが、人生は一度きり。
今日という日を過去のことばかりに
とらわれて使えないのはもったいない。
できる限り、
今日のため、未来のために使って
人生の時間を大切にする。
生きていくために意識していいと思う。
(今日のコトバ)
助け船は、
あなたとわたしを
行ったり来たりする。
「困った時はお互い様」
どうしていいかわからない時に、
救ってくれた人がいっていた。
「誰かが困っていたら助ける」
子供の頃から教わってきた言葉でもある。
簡単で、誰もが知っている言葉だが、
人が、人類が生きていく上で、
これだけ基本にしなければならない
言葉もない。
熊本大震災でも、民間の物資は
極めて早く届いている。
「困った時だから何とかしよう」
日本中が思っている。
そして、物資、寄付、ボランティアで
救おうとしている。
だが、何度も震災を繰り返しているのに、
避難先の施設は劣悪な環境。
まるで進化していない。
この暑さで二次被害に会う人もいる。
政治は何をしていたのだろう?
国民は何をしていたのだろう?
自分は何をしていたのだろう?
困った時の前に、
必ずくる困る時のために、
お互い様精神で環境を準備する。
忘れてはいけないことだと思う。
(今日のコトバ)
沈黙は、ひとつの解答。
沈黙ほど雄弁な言葉がない時がある。
何かの質問をして解答しない時。
答えがわからなくて黙っている。
また、答えはわかっているからこそ、
沈黙している時がある。
リーダーがあきらかに間違っている時、
沈黙して抗議することなのだ。
その時の沈黙は、
どんな言葉より重く力を発揮する。
「言葉は発さない。
何も行動しない」
なのに、言葉より行動より
相手に意志を届ける。
だからこそ、
沈黙もひとつの解答。
いくら言葉を重ねて説明しても
理解されないなら、
沈黙という方法もある。
できれば使いたくない方法だが、
一つの生きるための戦術だ。
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