理解も、誤解も、愛

 

(今日のコトバ)

 

愛することは最高の理解。

そして、最大の誤解。

 

 

人は愛し愛され生きている。

愛するだけの人もいれば、

愛されるだけの人もいる。

もちろん、愛し愛される人もいる。

ただ、愛という言葉で括った時、

人はその人を最高に理解しようとする。

いいところを見つけて、

楽しい時間を増やそうとする。

結果、最高の幸せを手に入れる。

それは正しい。

だが、こうもいえる。

愛には誤解も含まれていると。

「愛は盲目」という言葉があるように

いいところは見えても、

ワルいところ、

嫌なところが見えなくなこともある。

愛が冷めてきて、

その人を冷静に見つめると、

いいところばかりではないことに

気づく。

愛すること、

愛されることは大切。

ただ、その時に

多少の誤解は仕方ないにしても、

大きな誤解がないようにしたい。

それには、ちゃんと人を人柄を見る。

「愛しているから何かも素晴らしい」

ではない冷静な部分も持っておこう。

困った時はお互い様

 

(今日のコトバ)

 

お互いがお互いの

「お互い様」でありたい。

 

 

「困った時はお互い様」

よく聞く言葉だし、

自分でもいった記憶もある。

熊本震災でボランティアの人が

口にもしていた。

年齢を重ねると、

この言葉はとても重いものに感じる。

「誰かが困っているから助ける」

自分がその行動をできているだろか。

自問自答してみると、

すべてできているとはいえない自分がいる。

好きな人にはできていても、

嫌いな人にはできていない気もする。

また、大切な人なのに甘えはするが、

助けることをおろそかにすることもある。

ただ、「困った時はお互い様」は、

生きていく上でとても大事。

絶対に誰かに迷惑をかけるのが人生。

その時に助けてもらえる自分でなければ

ならないし、

反対に、誰かが救いを求めていたら、

助けてあげなければいけない。

そんな気持ちを明解に表した言葉が

「困った時はお互い様」

よく知っている言葉だが、

さらに深く心に刻んでおきたい。

 

 

人生に革命を起こすきっかけ

 

(今日のコトバ)

 

学んだことは、

人生に革命を起こさせる。

 

 

人は一生学ぶ。

何も学校へ行かなくても、

日々の暮らしの中でも、

学べることはたくさんある。

その学んだことと

自分の才能が結びつくと、

人生の大きな武器にする。

言葉は少し大袈裟かもしれないが、

人生に革命を起こすきっかけが、

学ぶことから始まる。

だとすれば、

学ぶことに貪欲になっていい。

自分の目標を定めて、

そのゴールのために学ぶ。

否、ゴールしても学びを止めない。

情報が毎日更新されるように、

学びも更新していく。

そんな生き方ができたら、

人生はとても素晴らしいものに

なるのではないかと思う。

その失敗を自分ならどうするか

 

(今日のコトバ)

 

成功談を参考に。

失敗談を応用に。

 

 

何か成功したい時、

成功者のパターンを研究する。

「どうすれば成功するか。

最短距離はないか?」

努力はさておき、

勝利の方程式がないものか

考えたりもする。

ただ、成功した事例は

あくまでも他人の例。

同じことを同じようにやっても、

必ず成功が約束されるものでもない。

参考にするぐらいの気持ちでないと、

同じ結果にならないとあせってしまう。

だが、失敗例、失敗した人は違う。

「このやり方、この人のやり方では、

必ず失敗する」

そこから発想して、自分はどうするかを考える。

つまり、失敗はマネしようとは思はない。

「その失敗を自分ならどうするか」で考える。

はじめから想像的であるともいえる。

成功例、失敗例、

成功する人、失敗する人を

念頭に置くことは大事。

そこで何を参考にし、

何を応用するか。

そこに成功するための鍵があるのだ。

勝負歌

 

(今日のコトバ)

 

いい歌は、

人生といっしょに戦ってくれる。

 

 

ここぞという勝負の時に、

口ずさむ、聞きたい歌がある。

大好きなアーティストの歌だったり、

歌詞がとても気に入っている歌だったり、

自分を盛り上げたい歌がある。

そんな歌は、

勝負にいっしょに

戦ってくれているともいえる。

戦いへ乗り込む前、

戦っている最中、

戦い終わった後。

どこかでその歌が自分の中で

流れている。

「あの歌に助けられた」と

そう思う歌もある。

間違いなく自分といっしょに

勝負の時、

戦ってくれているのだ。

だからこそ、

その歌と生きていることを

意識していい。

勝負の時、

必ず自分と戦ってくれる

勝負の歌。

つまり、勝負歌。

誰にも、

あなたにもあるはずだ。

 

夢と時間はつながっている

 

(今日のコトバ)

 

夢を話すだけでいたら、

夢の制限時間は終わってしまう。

 

 

人は夢を話す生きものだ。

付き合いが深くなった

ほぼすべての人から

夢を聞いた。

ただ、夢を語ったが、

その夢を叶えるために

行動した人はというと、

半分以下になって

しまったような気がする。

口では壮大な夢を披露するのだが、

その夢実現のためには何もしない。

もちろん、

夢に向かって猛進する人もいる。

ただ、口だけで終わる人も多い。

もったいない気もするのと、

肝心なのは

夢にも制限時間があるということ。

いまならできることも、

一年先、二年先、

十年先ではできないこともある。

反対もある。

いまできないが、

一年先、二年先、

十年先なら大願成就することもある。

つまり、夢と時間は

深くつながっているのだ。

だからこそ、

夢を叶えたいと思う人は

行動しよう。

思い立ったが吉日でいい。

いま、そこからスタートでいい。

夢を叶えるのに早過ぎることはない。

そう設定して生きてみよう。

最高の景色をあなたと

 

(今日のコトバ)

 

「あなたがいたから最高の景色が見れた」

そんな「あなた」が誰でもいるはずです。

 

 

サッカーワールドカップの頃、

「最高の景色」という言葉が頻繁に

聞かれた。

確かに、人生で最高の景色という場面を

求めて生きてきたように思う。

サッカーのように自分ではなく

他力の最高の景色もいいが、

本来は自分で最高の景色が見れると

それほど素晴らしいこともない。

で、自分史を振り返ってみると、

進学、就職、恋愛成就、結婚、

アスリートとしての結果、

仕事の成功など、

最高の景色を見てきたはずだ。

そして、その最高の景色には、

いつも誰かが隣りにいた。

もっというと、隣りに誰かいたから

最高の景色になったはず。

だとすれば、

人生の最高の景色は、

誰かのため、

誰かと一緒につくるともいえる。

いま、そのために一緒にいて欲しい

誰かがいるか。

いる人は、最高の景色をつくればいい。

いない人は、これからでも遅くない。

その誰かをつくろう。

 

尖った生き方を愛せ

 

(今日のコトバ)

 

一流ではないし、

二流ともいえない。

三流かもしれない。

もちろん無名だ。

だけど、人生では千両役者なのだ。

 

 

平凡な生き様。

何の個性もない生き方。

社会の歯車に組み込まれて

存在感がない。

言葉にすると、

どこにも尖った部分がない人生。

たいがいの人は、

尖らない、尖ろうとしない、

尖ることをあきらめた人生を

受け入れて生きている。

だが、ほんとうにそうだろうか。

法律があるから、

罪になる尖り方はしないが、

ほんとうは人生の様々な場面で

尖っている。

形は人それぞれだが、

自分なりの尖り方を持っている。

ヒーローに見えなくても、

主人公と呼ばれなくても、

かっこいい尖り方を持っている。

その尖り方こそ、

個性であり、才能であるのだ。

だから、

どんな人生であっても、

自分の尖り方を捨ててはいけない。

その尖り方が生きる

アイデンティティなる。

尖った生きたを愛せ。

過去処理より未来投資

 

(今日のコトバ)

 

過去の清算に手間どる人生にしない。

未来の投資に役立つ人生にする。

 

 

昨日までのことが解決しないと、

今日、そして明日以降の未来は、

昨日までのことで手間どる。

トラブルや放置していた案件があると、

今日という貴重な一日が

過去処理に費やされる。

反対に、昨日までの諸問題を

クリアしておけば、

今日は最大限未来のために使える。

だからこそ、

日々一生懸命生きて、

毎日の諸問題を解決しておく。

その意識で行動すれば、

たいがい今日は未来のために使える。

未来のために使えれば、

新しい何かができる。

自分の成長・進化への投資もできる。

もちろん、過去のことがきれいに

解決できることばかりではない。

だが、人生は一度きり。

今日という日を過去のことばかりに

とらわれて使えないのはもったいない。

できる限り、

今日のため、未来のために使って

人生の時間を大切にする。

生きていくために意識していいと思う。

 

 

お互い様精神

 

(今日のコトバ)

 

助け船は、

あなたとわたしを

行ったり来たりする。

 

 

「困った時はお互い様」

どうしていいかわからない時に、

救ってくれた人がいっていた。

「誰かが困っていたら助ける」

子供の頃から教わってきた言葉でもある。

簡単で、誰もが知っている言葉だが、

人が、人類が生きていく上で、

これだけ基本にしなければならない

言葉もない。

熊本大震災でも、民間の物資は

極めて早く届いている。

「困った時だから何とかしよう」

日本中が思っている。

そして、物資、寄付、ボランティアで

救おうとしている。

だが、何度も震災を繰り返しているのに、

避難先の施設は劣悪な環境。

まるで進化していない。

この暑さで二次被害に会う人もいる。

政治は何をしていたのだろう?

国民は何をしていたのだろう?

自分は何をしていたのだろう?

困った時の前に、

必ずくる困る時のために、

お互い様精神で環境を準備する。

忘れてはいけないことだと思う。