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(今日のコトバ)
人間は、
「前向き」が標準装備されている。
前を見つめる。
前を歩く。
前に手を伸ばす。
人間の大切な能力は、
前向きにできている。
つまり、生まれた以上、
前向きが標準装備されているのだ。
誰もが、まず、前向きになる。
そこが基本線。
だが、人間は生きていると、
たくさんの不測の事態が起こり、
前向きばかりではいられないことになる。
その時、後ろ向きになったり、
落ち込んだりする。
あたりまえのことだ。
ただ、それでも人間は、
前向きにできている。
そのことをいつも忘れずにいる。
そのことだけで、
少しだけ、それこそ前向きに生きられる。
もう一度いう。
人間は、前向きにできている。
そのことを肝に銘じて生きていこう。
(今日のコトバ)
いまの「強さ」は、
昔、「弱さ」と呼ばれた泣き虫の
成長した姿です。
「元々、強いものなんてない。
弱かったり、未熟だったりしたものが、
成長して強いものになるのだ」
そう思っている。
何でも最初から強いものはない。
知識、筋力、技を身に着けるために、
修練して、訓練して、
強さを身に着ける。
だとすると、
最初から強いものはない。
何か一つ強さが身に着いたと思うと、
何もかもが強いと思ってしまうことがある。
それは、間違い。
何もしていないものは、弱いままだ。
生きるために、そこをしっかり意識する。
そうしないと、意味のない過信が
人間としての成長を止めてしまう。
そのことを忘れてはいけないのだ。
(今日のコトバ)
お金において、
貯めるのが上手な人、
稼ぐのが上手な人は知っているが、
使うのが上手な人を一人も知らない。
お金。
これほど必要で、
これほど難しいものも知らない。
無くて困っている人はいるし、
きっと、あり過ぎる人も、
ある意味困っていると思う。
幸せや不幸に結びつくこともあるし、
夢や希望を助けることもあれば、
失望の原因となることもある。
ただ、お金は世の中を生きるために
存在する大切なもの。
そう思うとある程度あった方がいい。
ある程度というのは、
個人差によるのだが。
そして、長く生きていて思うことがある。
お金を着実に貯めている人がいる。
財テクの上手な人といってもいい。
稼ぐのが上手な人がいる。
働いて、働いて、働いて稼ぐ。
投資や運用で稼ぐ。
そんな人も知っている。
だが、使うのが上手な人に
会ったことがない。
例えば、貯めるのが上手な人は、
たいがい質素な暮らしをして、
大金を使わぬまま人生を全うする。
反対に、投資や運用で儲けているという人も、
一時は儲けているようだが、
どこかで必ず大損もしている。
もちろん、働いて、働いて、働いた収入で
使う人もいるが、
収入より大金を使って借金生活の人もいるし、
貯めるだけで銀行にばかり貯蓄がある人もいる。
そう思ってまわりの人を見ると、
やっぱり上手に使っている人はいない。
ただ、ひとつ考えられるのだが、
「ビンボー暇なしでさ」といいながら、
倹約生活をしているのに幸せそうな人。
あるいは、
「ちょっと贅沢してローンで買っちゃった」と
いいながら、欲しかったものを手に入れて
笑っている人など。
それらの人こそ、
上手に使っているといえるかもしれない。
つまり、お金が幸せを生んでいる使い方こそ、
上手な使い方といえるかもしれない。
ただ、それにしてもお金との付き合いは
難しい。
日々生きていると思うのだ。
(今日のコトバ)
大きな幸せは、
小さい幸せの集合体でした。
大きな幸せって何だろうと思う。
成功をおさめたり、勝利したり、
わかりやすい幸せもある。
ただ、日々感じる幸せは、
健康で過ごせる。
食事がおいしい。
誰かに頼られた。
気持ちよく仕事ができた等、
普通の生活シーンにあるものだ。
考えてみれば、
どれもこれもあたりまえで、
平凡なこと。
そのあたりまえで平凡なことの
積み上げが、
大きな幸せになっている気がする。
仮に、成功や勝利に幸せの基準を定めると、
なかなか幸せになれない気もする。
だからこそ、
一日にある小さな幸せを大切にしよう。
小さな幸せを感じるように生きよう。
それこそが幸せに生きるための秘訣。
人生にとって必要なことだ。
(今日のコトバ)
離れていく人の背中が
見えなくなると、
隣りにいてくれる人の
温かさがわかりました。
人と別れてしまう。
人生のさまざまな場面で、
離れなければならなくなる。
意図して別れる場合、
意図しないで別れる場合もある。
その時、思うことがある。
いつも離れないで、
側にいてくれる人に
途轍もなく温かさを感じる。
癒しや安らぎといってもいい。
大げさにいうと、助けてくれていると
いってもいい。
人生は、出会いと別れという。
出会いがあれば別れがある。
ただ、どんな時も側にいて、
苦楽を共にし、
想い出をいっぱいつくってくれた人は、
特別だ。
ちょっとやそっとじゃ壊れない
気持ちの結びつきがある。
絆といってもいい。
そんな人を大事にしたい。
いつも隣りにいるから、
あたりまえにいるから、
軽んじてしまうのではなく
大切にする。
人生は、側にいてくれる人に
支えられているのだ。
(今日のコトバ)
テングといわれていいじゃない。
虎の威を借るといわれていいじゃない。
なまけ者といわれていいじゃない。
人は指摘されて、
はじめてわかることもあるんだ。
人は、自分ことがいちばんわからない。
生きても、生きても、わからない。
大きく自分を考えてみたり、
小さく自分を考えてみたり。
良く自分を思ったり、
ワルクく自分を思ったり。
ジャストサイズの自分を見つめることが
できない生きもの。
だからこそ、
人から指摘されていい。
指摘されたもので、
自分が納得するものは
修正すればいい。
何が何でも修正する必要はない。
自分でもその傾向があり、
直すべきだと思ったら直せばいい。
そのために、
まわりの人の指摘がある。
まわりの人の指摘に耳を傾けることは、
生きていく上でとても大切なことだ。
(今日のコトバ)
いつも通りという本領発揮。
いつも通り、あたりまえ、平凡、普通。
それこそ特長のないことだけど、
そこに人生のすべてがある。
いつも通りにできなくなった時、
あたりまえでなくなった時、
平凡でなくなった時、
普通でなくなった時、
そればわかる。
オロオロするだけでなく、
自分の気持ちがブレて、
地に足がつかなくなることが、
次々に起こる。
異常事態、非常事態になり、
自分らしくいられなくなる。
そこではっきりする。
いつも通り、あたりまえ、平凡、普通が、
どれだけ幸せであったか。
どれだけ大切であったか。
もっといえば、
どれだけ奇跡を続けてきたかがわかる。
だからこそ、
いつも通りという人生、時間を
大切にすべき。
そのことを忘れてはいけない。
(今日のコトバ)
人生では、
忘れ物も、落とし物も、
時がたつと宝物になる。
生きていて、
忘れてしまった物がある。
落としたり、捨ててしまった物もある。
ただ、不思議と時がたつと、
いい想い出になる。
想い出とは、
人生にとって宝物といっていいほど、
素晴らしい記憶。
人生では、いいこと、
ワルいことがたくさんある。
大切にしたいものばかりではない。
忘れたり、捨てたいものもある。
だが、それでも
時がたつと想い出になる。
すべてとはいわないが、
ほとんどがいい想い出になる。
人間の記憶は、
そういう意味で都合よくできている。
その都合のよさを人生で上手に使おう。
いま辛いことも、忘れたいことも、
時がたてば、いい想い出になる。
そう思って、いまを超えていく。
人生には大切なことだ。
(今日のコトバ)
知恵は、罠にかからない。
知っていれば、騙されない。
できれば、ごまかせられない。
世の中を生きていくということは、
そういうものだ。
もし、知恵さえあれば、
自分が不利益になることは避けられる。
他人にいいように使われることなく
生きていける。
知恵。
様々なものがある。
知識だけでなく、
知識を自在に使うための知恵。
生きていく中で、
切磋琢磨すれば、
身に着けることができる。
貪欲になって、
身に着けるようにすれば、
よりたくさんの知恵を身につけられる。
特に、自分が生きていこうとする分野の
知恵を身に着ければ、
人生をブレずに生きていける。
知識を自在に使う知恵。
この世の中を生きるために、
身に着けておきたいものだ。
(今日のコトバ)
どんな道にも足跡をつけていけ。
いつかその足跡が道に迷った時の
道標になる。
ちゃんと歩いていく。
ズルや近道、割り込みなど、
フェアーではないことをしない。
愚直に、まっすぐ歩く。
そんな人をまわりで見かける。
そういう人は、
間違いなく自分の夢や目標を叶え、
人生をいい方向へ向かわせている。
ブレずに自分がやるべきことを
まっとうしているのだ。
では、なぜ、人生を謳歌できるのか。
それは、まっすぐに、着実に、
歩いた道だから、
記憶に残る足跡がある。
その足跡を確認すれば、
自分がブレずに生きていけることを
知っている。
つまり、
足跡が人生の道標になっているのだ。
できるなら、どんな人も
足跡が人生の道標になるように生きるべきだ。
「そこを歩くことは正しい」
「そこを歩くことは間違い」
そう行くべき道を判断できれば、
人生はいい方向に進んでいく。
ブレず歩いた足跡は大事なのだ。
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