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(今日のコトバ)
誰かを踏みつけた足は、
自分の背中を踏みつけていた。
人と争っている時、
フェアーではない戦い、
反則技などを使って、
相手を踏みつぶそうとする。
なにがなんでも勝ちたい意識が、
どんな手を使ってもいいと
勝手な基準をつくってしまう。
気持ち的にわからなくもない。
だが、汚い手を使うと必ず自分に返ってくる。
罰が当たるではないが、
汚い手は、決して、自分を幸せにしない。
めぐりめぐって、痛い目にあう。
だからこそ、
やっぱり正々堂々と全力を尽くす。
汚い手で結果を急いだりしない。
仮に、汚い手で結果が出たと思っても、
必ずその後に痛い目が待っている。
正々堂々と全力を尽くし、
自分が納得する形の戦いをする。
そのことを忘れてはいけない。
(今日のコトバ)
魂は、
飢えていないと燃えない生きもの。
「満足すること」
人生では大切なことだ。
できるだけ満足しながら
生きていきたいと思う。
ただ、こうもいえる。
満足してしまうと、
そこから進歩しなくなる。
成功した、勝った、達成した等。
その瞬間は嬉しいのだが、
そこから先のことを考えなくなる。
特に大きな取り組みが終わって、
結果が出てしまうと、
燃え尽きてしまうこともある。
そうすると、
なかなか次の目標に気持ちが動かない。
満足は、人生にとって大切だ。
だが、その先に目標をつくっていないと、
進歩しなくなることがある。
そこを忘れてはいけない。
人は、飢えがあるから
がんばれる。
満足は飢えの対局にある。
満足してもいい。
その時、
次の目標を持っている生き方をすることが、
人生には大切なことだと思う。
(今日のコトバ)
自分の持っているやさしさ以上に、
誰かにやさしくすることはできない。
やさしさは大切だ。
特に、やさしさを必要としている人に
やさしさを届けられるとしたら
素晴らしいことだ。
ただ、やさしさにも個人差がある。
たくさんある人もいれば、
そうでない人もいる。
いつもはたくさんある人だけど、
自分が苦しい時は、少なくなる人もいる。
つまり、自分がやさしさを持っているから、
誰かにやさしさを届けられるのだ。
そう思うと、
誰かにやさしさを届けたいと思ったら、
ある程度
やさしさを持っていなければならない。
少ししかなければ、
やさしさも分けられない。
そして、
自分が持っている以上のやさしさは、
誰にも届けられない。
そのことを理解しよう。
(今日のコトバ)
なんだか政治家の失言は、
ぜんぶ本音のような気がする。
だって、自分の失言は、
すべて本音なんだから。
失言という言葉が飛び交う。
「いってはいけないことを、
うっかりいってしまう」ことが
失言というらしい。
となると、いってはいけないと本人が
わかっているか、
世の中がいってはいけないと思っているのに、
本人に自覚なく発した言葉か。
後者の方が多いと思う。
だが、失言といったって本人が
思っていないことはいわない。
むしろ、本人の本音が失言になっている
ことが多いはずだ。
自分に置き換えても、
失言と呼ばれるような発言をしたとき、
その言葉は本音に近いことばかりだ。
だとすれば、
「政治家の失言」というより、
「政治家の本音」とした方がいい。
謝罪するときも、
間違っていたと思うのなら、
「自分の考え(本音)が間違ってました」と
いった方がいい気がする。
失言という言葉がちょっと気になった
今日この頃である。
(今日のコトバ)
行く場所に好きな人がいると、
がぜん、やる気が出る。
仕事場に行く。
学校に行く時、
何を考えているだろう。
もちろん、仕事のことだったり、
勉強のことだったりが、
最大の目的であることはわかる。
だが、行くべきことが目的だけになると、
ちょっとしんどいことになることもある。
仕事だけのために仕事場へ行く。
勉強だけのために学校へ行く等。
そうなると、息苦しくなったり、
仕事や勉強がつらいと、
行くことも嫌になってしまう。
そんな時、
どうすれば行きたいと思えるか。
それには、
行く場所に好きな人をつくることが大切。
「好きな人」
恋愛的に好きな人。
友達として好きな人。
師匠として好きな人等。
何でもよい。
好きな人がいると思えば、
そこに行くモチベーションがあがる。
行きたいと思うようになる。
だからこそ、
行くべき場所があるなら、
その場所に好きな人をつくる。
目的と共に大切なことだ。
(今日のコトバ)
直感は、発見である。
ポンと思いついたことが、
案外、いいアイデアで、
困難な状況を
解決してしまうことがある。
直感とか、思いつきとかいわれること。
脳のことはよくわからない。
ただ、この直感的なことで、
新しい展開が開かれていくことは事実。
だとすれば、
この直感的なことを大切にすると、
新しい発見がある人生になるのではないか。
直感、思いつきがあったら、
一度、じっくり考えてみる。
人生の展開に必要なヒントが
あるかもしれない。
否、きっとあるはず。
意識すれば、
直感や思いつきが
人生の大きな力になってくれる。
そう信じて直感、思いつきを大切にしよう。
(今日のコトバ)
みんなの声を聞いてばかりいると、
じぶんの声が聞こえなくなる。
みんなの声というものがある。
おおよその意見。
大衆の大勢の意見。
まわりの人の意見等。
その意見を鵜呑みにする、
あるいは、
その意見ばかりを信じてしまう。
そんなことばかり
繰り返している人がいる。
そういう人は、
自分の意見というものを
持たなくなる。
なんとなく大勢の意見に従って
生きてしまう。
自分の異論や反論、
もちろん正論もなくなる。
続けていると、
知らず知らずのうちに、
じぶんが無くなってしまう。
それでもむ生きていけるが、
それでいいのだろうか。
自分というものがすり減って、
無くなったりしないだろうか。
みんなの意見は大切。
だが、自分の意見はもっと大切。
そのことを意識すれば、
みんなの意見と自分の意見が
仕分けできるはず。
みんなの意見でいいものはいい。
自分の意見もいいものはいい。
そんな気持ちで生きていければ、
自分らしく生きられると思う。
(今日のコトバ)
朝、今日の幸せの数を数えて始めよう。
夜、今日の幸せの数を数えて眠ろう。
どれだけ幸せに包まれて生きているか。
人は時々忘れてしまう。
反対に、不幸に襲われた時、
その大きさに吞み込まれて右往左往する。
ただ、よくよく考えてみると、
幸せという土台なしに
生きることはできない。
たくさんの幸せがあって、
いまの自分がある。
だとしたら、
幸せに感謝して生きることが大切。
では、幸せに感謝とは、
どうすればいいのだろう。
それは、幸せな自分の環境を
思い出せばいい。
ひとつひとつ幸せと思うものを
思い起こせばいい。
それだけで、幸せな気持ちになれる。
どれだけ幸せに包まれているかわかる。
幸せを確認することで、
感謝する気持ちになれる。
幸せであるという気持ちを、
お守りのように肌身離さず持っていよう。
(今日のコトバ)
言い訳を全部消したら、
準備完了。
好きなものは、
ほっておいても自発的にやる。
夢中になるし、
誰かが止めないといけない状況に
なることもある。
反対に、嫌いなものは、
なかなかやろうとしない。
やる気がないもの、
やりたくないものも
なかなか動こうとしない。
それらの状況の時、
さらに良くないのは、
言い訳をすること。
やらない理由をあれこれあげて、
やろうとしない。
そんな言い訳を考えるなら、
やってしまった方が
早いのにと思うこともある。
そう考えると、言い訳は一つの基準になる。
前向きになれない時、
言い訳はたくさん生まれる。
だとしたら、
言い訳がなくなるように準備をする。
なぜ、やらなければならないか。
なぜ、好きになれないか。
それらの原因を考えて解決する。
そこから始めれば、
言い訳はなくなっていく。
気持ちを前向きにして
前進できる。
まず、言い訳がない状況を
つくっていこう。
(今日のコトバ)
言葉は、希望の星になる。
嬉しい言葉、
感動する言葉、
癒してくれる言葉、
元気になる言葉、、、、、。
人生は言葉だけで、
どれほど力づけられただろう。
たかが言葉。
されど言葉。
お金もいらず、
一言でも効果がある。
言葉。
僕らの人生は、
その言葉に大変お世話になっている。
言葉があるから意志を伝えられた。
言葉があるから成功した。
言葉があるから勝利した。
言葉があるから解決できた。
そして、一番大切なのは、
言葉があるからコミュニケーションを
とれた、ということ。
言葉は、人生最大の武器といっていい。
もちろん、武器になるだけに
使い方を間違えると、
自分に向かって刃を向けることもある。
それでも、言葉は最大の武器。
そのことをいつも意識して生きていく。
それだけで、さらに言葉が人生を
有意義なものにしてくれる。
忘れてはいけないことだ。
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