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(今日のコトバ)
「いつか」とは、
本気になっていない未来のことだ。
「いつか、やる」
「いつか、がんばる」
「いつか、叶ったらいいな」
人は、「いつか」という言葉を使う。
何気ない言葉かもしれない。
深い意味はないかもしれない。
だが、「いつか」とは、
約束した未来ではない。
ただの願望を言葉にしただけのこと。
「いつか」がワルいということではなく、
そこに本気の気持ちはない。
「いつか」を連発している時は、
まだ、夢や目標が定まっていない状態。
まっすぐ前進していない状態と思っていい。
だからこそ、「いつか」を進化させるために、
「いつか」ではなくスケジュールをつくる。
達成までの工程表をつくる。
そこから、
夢や目標に向かって本気モードになる。
本気モードになった時、
「いつか」は口にしなくなる。
「いつか」とは、
そんな言葉かもしれない。
(今日のコトバ)
不平等こそ、
すべての人間に与えられた
平等な条件である。
つくづく思うことがある。
平等とは言葉の世界だけの
アイコンで、ほんとうの平等は
ないのかもしれないと。
否、平等はある。
もっというと、社会のシステムは
より平等になるように進化している。
歴史も積まれれば積まれるほど、
平等という言葉は、
真価を発揮していくのかもしれない。
だが、自分のまわりをみると、
やっぱり平等でないことは多い。
世の中に競争がある以上、
平等はないのかもしれない。
それは仕方ないとも思う。
だが、平等だと思って挑んでいるのに、
平等ではないとがっかりすることがある。
ビジネス社会で多いのが、
競合といわれ、
提案したもので判断されるといいながら、
結局は根まわしだったり、
接待だったり、別の基準で決定してしまう。
それも含めてビジネスだといわれれば
そうかしれない。
ただ、とても承服できない結果が出るたび、
平等って、なんだろうと思う。
そう思うと、
はじめから平等なんてないと設定すると、
いちいち腹が立たなくてすむ。
つねに、戦いは不平等の中で行われる。
もしかすると、
歴史が積まれ、文明や技術が進化し、
いつの日か不平等がなくなる日が来る
かもしれないが、
それにはまだ時間がかかる。
平等。
簡単なようで難しい問題だ。
(今日のコトバ)
才能という拳銃を持っていても、
努力という弾をつめこまなければ
武器にはならない。
人より優れているものがある。
他人からすると才能といわれる。
時に人を圧倒したり、
時に人を感動させたりする
才能という武器。
自分のまわりにもそう思わせてくれる
人がいるだろう。
ただ、その才能という武器も
磨いていないと、
あっという間に
ガラクタになることもある。
武器ではなく、
秀でることのない能力になってしまう。
では、才能を武器にするには、
どうすればいいだろう。
それは努力という名の
切磋琢磨を続けること。
日々、努力し続けること。
それしかない。
そして、それ以上のものもない。
才能を持っていて、日々、
努力を続ける。
それこそが、才能を武器にできる
唯一の方法。
人生は、才能を発揮できて
上昇していく。
そのために、努力を忘れてはいけないのだ。
(今日のコトバ)
愛した人は、
いちばん美しい風景を
つくってくれました。
記憶という思い出は、
ひとつの風景になって心に残る。
いい記憶、ワルい記憶、
いろいろな記憶がある。
その中で、
愛した人、好きだった人、
ステキな人など
人生を豊かにしてくれた人との
記憶は美しい風景に彩られる。
いくつあってもいいし、
どれを思い出してもいい気持ちになる。
だからこそ、
長く続く人生なら、
人生を豊かにしてくれる人と
たくさん出会うべきだ。
たくさん出会っていれば、
人生が豊かになる記憶がたくさん残る。
振り返るたびに、
人生が素晴らしいものだと思える。
記憶とは、
人生を素晴らしいものだと
確認するための機能。
一人でも素晴らしい人と
出会いたいと思う。
(今日のコトバ)
怒り続けるヤツには、
笑い続ければいい。
いずれ決着がつく。
その時、勝者は笑ってる。
「笑うことが大切」
そんなことはわかっている。
だが、人生の局面で、
笑ってばかりは
いられないこともある。
怒ったり、悲しんだり、
辛そうな顔をしたり、、、、。
笑いと遠いところにいることがある。
ただ、笑いと
遠いところにいるからこそ、
笑わないと、
まったく笑うことが
なくなってしまうこともある。
だからこそ、
あえて笑う。
怒ってる時も笑う。
悲しい時も笑う。
辛い時も笑う。
とにかく笑いグセをつける。
笑う門には福来る。
笑うことから幸せになる。
その意識が大切。
もちろん、場違いの笑いで
不謹慎に思われることもある。
それでも、笑う。
笑うことは、相手をホッとさせるし、
自分を鼓舞することもできる。
笑う。
それだけで、人生が好転していく。
生きるために、
笑いを増やしていこう。
(今日のコトバ)
人間のクセの中で、
いちばん早く身に着くのが負けグセだ。
最強王者と呼ばれた男が、
一度負けただけで、
二度と勝てなくなった。
試験でトップを独走していた人が
一度、二位に落ちただけで、
二度とトップになることはなかった。
そんな話を聞いたことがあると思う。
実際に自分のまわりでも、
似たようなことが起こった人もいるだろう。
「負ける」
負けてしまうと、
勝とうという闘争心が失われたり、
気力が無くなったりで、
負けが続いてしまう。
なぜか?
端的にいえば、目標を失ってしまったこと。
新しい目標が見い出せず、
どう前進していいかわからない。
そんな気持ちかもしれない。
だとすれば、
生きる道を見失った状況でも、
目標をもう一度設定し直す。
負けは最速でクセになる。
そのクセになる前に、
目標を設定する。
それが、負けをクセにしない
唯一の方法。
強く生きるために、
意識するべきだと思う。
(今日のコトバ)
人は完璧な正解で
生きているのではない。
ほどほどの誤解で生きているのだ。
人は、誤解する生きものである。
それこそ誤解を恐れずにいえば、
どんなことでも、
大なり小なり誤解している。
その誤解を自分の正解として生きている。
それが、いいとか、ワルいとかではない。
人間とはそういう生きものなのだ。
だからこそ、
謙虚であるべき。
自分が正解だと思ったことが、
正解でないことが多い。
あくまでも、自分の正解でしかない。
他人から見たら、
あきらかに間違っていても、
自分が正解だと思ったら
修正するのは難しい。
正解は、どうしても譲れなくなる。
もちろん、
自分の正解はあっていい。
ただ、それはあくまでも自分の正解。
どこかで誤解している可能性が高い。
そこを忘れずに
謙虚なコミュニケーションをとる。
人間関係のベースとして
大切にしたいことだ。
(今日のコトバ)
ころんだ時にわかることがある。
痛さ、苦しさ、悲しさ。
そして、差し伸べられた
人の手の優しさ。
人生の道で
ころんでしまった。
痛い思いをしたり、
苦しい思いをしたり、
悲しい思いをすることもある。
その時、一人ではどうしても
立てない時もある。
なんとか立ち上がりたい。
そう思っている時、
立ち上がらせてくれる力を
貸してくれる人がいる。
手を差し伸べてくれる人がいる。
その人は、
人生において本当に貴重だ。
自分のことを大切に思ってくれる。
自分を支えてくれる。
絶対に味方にすべき人だ。
自分がころんだ時、
気づく味方にすべき人。
人生の難題に直面した時、
はっきりわかるのが味方にすべき人。
人生でいちばん大切にしたい人とは、
そういう人のことだ。
(今日のコトバ)
根拠のない自信もいいが、
どうせ持つなら、
根拠のない勇気を持とう。
「根拠のない自信はどこからきてる?」
といわれる人がいる。
実力はたいしたことがないのに、
なぜか自信に満ちあふれている人。
自分のまわりにも、
一人二人思いつくだろう。
メンタルが強いのか、
鈍感なのかわからないが、
何事にも平気でいられる。
年をとると、
うらやましくもあるメンタルだ。
ただ、根拠のない自信だと、
役に立たない場合も多いが、
これが根拠のない勇気だとどうだろう。
根拠のない勇気。
根拠がなくても勇気が持てる。
これは人生において大事な力になる。
才能があっても、忍耐力があっても、
頭の回転が速くても、タフであっても、
それらの力を発揮するには、
必ず勇気が必要になる。
勇気がないと、
いいものを持っていても、
発揮できないで終わることが多い。
誰かに披露したり、
どこかに発表したり、
何かの戦いに挑んだり、、、。
すべて勇気が必要になる。
その勇気という力は、
才能や忍耐力などの力と、
また別の力。
がんばることとも違う。
わかっていることは、
勇気の力をつけようと思えば、
勇気が必要とする状況に
何度もトライし、
勇気の出し方を知る。
それしかない気もする。
答えはない。
だからこそ、
勇気が必要な場面つくって生きる。
勇気があるかないかなど、
それこそ根拠がなくていい。
ただ、勇気が自分のものになるように
生きると、
人生は大きく変わる。
人生の新しい世界を
切り開いていける。
それだけは間違いない。
そう思うのだ。
(今日のコトバ)
失ってから気づく
大切なものとは、
いつもそばにいて
あたりまえにあるものだ。
「大切なものを失った」
そう思うことがある。
人であったり、
ものであったり。
失ってから、特に、
その大切さが身に染みてくる。
そして、そのものとは、
身近にあって、
あたりまえに存在したもの。
すぐそばにいて、
空気のように存在したものばかりだ。
だが、人は、
あたりまえにあるものの価値を、
生活の中で忘れてしまう。
時に、近くにいるから、
ストレスになったり、
反対にストレスのはけ口にしてしまう。
あたりまえに
自分の前に存在することは、
自分に幸せを届けてくれることと
同じ意味なのに気づかない。
だからこそ、
いま、自分のまわりにある
あたりまえを大切にすべきだ。
かけがえのない大切なもの。
失っては困るものは、
あたりまえの中に存在する。
忘れてはいけないことだ。
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