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(今日のコトバ)
ほめてあげることは、
人にスポットライトを
照らしてあげること。
日々、暮らしている中で、
案外、人をほめるということを
していない。
いい事をしたり、
がんばったり、
助けてもらったりしても、
子供でなければ、
ほめてあげたりしないことが多い。
だが、大人だって、
何かをして結果を出したら
ほめてもらいたい。
もっというと、そもそも
人間はほめてもらいたい生きもの。
ほめられればほめられるほど、
成長する人も多い。
だからこそ、
大人をほめてあげよう。
大声でいい。小声でもいい。
陰でほめてもいい。
ほめることは、
陰の方がより効果的でもある。
人生の時間は短い。
苦しんだり、悲しんだり、
落ち込んだりすることもたくさんある。
その中でほめられるということは、
とても幸せを感じさせること。
人を、大人をほめてあげて、
少しでも光を与えてあげよう。
(今日のコトバ)
凹んだ気持ちの空きスペースに
何を入れるか。
入れたものが未来になる。
日々生きていれば、
凹んでしまうこともある。
何だか前向きになれなくて、
活発な気持ちになれない。
落ち込んでいるといってもいい。
ただ、凹んでしまったということは、
文字通り、少し心のスペースが
空いてしまったということ。
前向きになるには、
その空いたスペースに
何かを入れれば、
また、気持ちは
満タンになるのではないか。
否、満タンにして、
元気になると決めてしまう。
入れるものは、
やりたいものなら何でもいい、
自分が元気になりそうなものを
入れてみる。
入れて歩きはじめれば、
次第に元気になる。
前向きな気持ちになれる。
凹んだ心は、
新しい気持ちの空きスペースが
できたということ。
そのことを忘れてはいけない。
(今日のコトバ)
幸せに一人称はない。
誰かを幸せにするから、
自分も幸せになれるのだ。
幸せだと感じる時、
たった一人だったらどうだろう。
まず、幸せを感じられるだろうか。
個人的にいえば、
幸せを一人で感じることはない。
誰かと喜びを分かち合って、
そこはかとなくあたたかくなる感情が
幸せのような気がする。
例えば、成功したり、
勝利したり、達成したりして、
自分の喜びが満たされたとしても、
隣りで誰も喜んでくれなければ、
嬉しさは半減するし、
幸せを感じるまでいかない気がする。
きっと、誰もがそう思っているはず。
幸せは、誰かと分かち合うから
感じられる。
そう思うと、
幸せは一人称では成立しない。
誰かを幸せにできるからこそ、
自分も幸せになれる。
そう思うのだ。
(今日のコトバ)
あなたは私を信じている。
私はあなたを信じている。
信じてくれる人は、
自信の保証人なんだ。
信じてくれる人がいる。
そう思って生きれるほど、
勇気を持って生きられることはない。
信じられる人がいる。
そう思って生きられれば、
安心して生きていける。
信じられる。
信じる。
生きていく上で、
これほどの心の保証はない。
もっというと、
自信の保証といってもいい。
人は生きていくために、
自信があるかないかで大きく
モチベーションが変わる。
これから、
自信をもって生きたいと思ったら
信じあう関係、
つまり、信頼関係を
しっかりつくっていく。
自信は自分一人ではなく、
人との関係から生まれる力も
大切なのだ。
(今日のコトバ)
希望はふるえている。
だが、進めば進むほど
ふるえは止まり、
たしかな足どりになる。
そして、一本の道になる。
はじめに希望ありき。
その希望を求めて前進すると、
漠然としたものから、
叶うための過程に入り、
たしかなものになっていく。
誰もが生きていく上で
経験したことだ。
もっというと、
希望が叶うためには、
きっと同じ過程を進んでいく。
希望が生れたら、
ふるえている自分、
ビクビクしている自分は
あたりまえで、
たしかなものではない。
だが、その過程を乗り越えれば、
希望は叶っていく。
いま、自分の前に希望がある人は、
最初のふるえを我慢しよう。
乗り越えると希望は
たしかなものになる。
そう信じて前進していこう。
(今日のコトバ)
光にも至らないことがあって、
影にも救いなることがある。
人には、光と影がある。
自ら光を放って
輝くこともあれば、
誰にも知られたくない
影の部分もある。
ただ、光がすべて
いいわけではない。
光を放つがために
他人を傷つけしまう時もある。
影がワルいことばかりでもない。
影があるから自分を救う時もある。
大切なのは、
どちらかだけでは
生き抜けないということ。
光と影。
どちらにもいい部分と
ワルい部分もある。
そのことを理解して
生きていきたい。
人には生きるための
課題がある。
その課題によって、
自分の持つ機能を
有効に使っていくのだ。
(今日のコトバ)
しっかり大地を
踏みしめて歩くために、
人は少しばかりの荷物を
持っているのだ。
人は何かを持って歩く。
バッグだったり、
PCだったり、
本だったり、、。
何も持たずに手ぶらの人は
あまり見かけない。
もちろん、仕事や勉強で
必要なものを持っていることはある。
だが、街で手ぶらの人はあまりいない。
なぜか。
それは、
手ぶらで歩くとむしろ不安定になる。
何か持っているぐらいが、
心理的に安定しているからでは
ないだろうか。
もっというと、何かやっている、
やっている感のようなものを
感じられる。
だから、何かを持って歩く。
人生もそうかもしれない。
何か目標や課題がある方が、
まっすぐに進んでいける。
何もないと、
どう進んでいいかわからない。
だからこそ、
生きるために荷物は必要。
荷物を持っているからこそ
安定して歩ける。
目標や課題は、生きるための荷物。
そう思うのだ。
(今日のコトバ)
言葉という思いは、
行動を足して完成する。
「言葉だけでなく、行動をみろ」
人を信頼する時、
一つの基準のようにいわれる。
確かに、
口では大風呂敷を広げるが、
行動が伴わない人は
たくさんいる。
言葉も大切だが、
行動をみるとその人の本気度が
よくわかる。
誰もがわかっている。
言葉より行動。
ただ、日々の忙しい状況で
言葉だけで物事が進むこともある。
だからこそ、
行動を確認する。
少しぐらい遅くなってもいい。
信頼できる人と供に目標に向かう。
人生の目標を叶えるために、
意識することが大切だ。
(今日のコトバ)
どこで間違ったか
振り返ってみるのは、
決して後退ではない。
それも一歩前進である。
「過去を振り返ることは良くない」
特に、ワルい流れが続くと、
余計に前へ向けなくなる。
過去にばかり思考が集中し、
クヨクヨすることもある。
ただ、本当にそうだろうか。
自分がイケてない時に
いい時の過去を振り返るのは、
それほどワルいことではない。
いけないのは、
「あの時良かったな」で
終わってしまうこと。
思考を停止してしまうこと。
良かったあの時は、
何か良かったのか。
何が違ったのか。
何か参考になることはないか等。
次に続くことを考えられれば、
過去を振り返ることもワルくない。
人間が頼りにするのは経験値。
当然、
過去の経験がものをいうこともある。
自分の人生を信じられれば、
過去の経験値が現在の状況を
克服するヒントもたくさんあるはず。
自分の人生を信じて、
過去の経験値を
活かして生きていこう。
(今日のコトバ)
遠い未来は、
未来の自分にまかせればいい。
大切なのは、
今日をまかせられる
自分であること。
時々、「3年後のオレを見てくれ」とか、
「いつかこの借りを返してやる」とか、
時間のかかる未来を口にする人がいる。
努力目標として
何かを設定するのはいい。
ただ、遠い未来の確約など
簡単にできるものではない。
未来の自分がどうなっているかなど
わかりはしない。
だが、いまの自分ならわかる。
何をすべきか。
どこを目指すべきか。
力があろうがなかろうが、
やるべきことをやるしかない。
「やるべきことをやる」
日々の唯一大切なこと。
そして、できれば、
このやるべきことを、
少しずつレベルを上げていく。
その繰り返しが、
遠い未来に途轍もなく
自分が進化することになる。
まずは、
今日やるべきことを
しっかりとやろう。
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