極めるまで続けて顔をつくる

(今日のコトバ)

 

なぜだ、一流と二流の差は顔でわかる。

 

 

 

金メダルとるアスリート、サッカーのスーパースター、

ノーベル賞を受賞する科学者、大俳優、大作家など、

どの分野でもトップとよばれる人たちは、

顔つきが違う。自信にあふれているというか、

風格が違うというか、ただ者ではないたたずまいがあるのか。

とにかく、知らない分野でも顔をみせられるだけで、

一流とそうでない人の見分けがつくような気がする。

テレビ番組で一流の芸能人を証明するのに、

高級ワインと安物ワインを飲み比べて決めたりするゲームがあるが、

実は人間の顔ほど一流をあらわしてしまうものはない。

まったく知らない分野の人でもトップランナーと

そうでない人の比較はいちばん簡単なのではないか。

では、なぜ顔の表情だけで違いがわかってしまうのだろうか。

それは、汗をかいた量、努力の数から生まれる自信が、

オーラのように発せられ、目に見えなくても

人の感度がキャッチしてしまうのからではないだろうか。

だとすれば、努力の数を極めるまで続けることがは、

自分を高いステージにあげることになる。

勝ったり、負けたり、成功したり、失敗しても、

それらの経験すべてが自分をステップアップさせる。

そして、飛び抜けて努力を繰り返せば、

それが顔にあらわれオーラをはなつ。

なにも一流やトップランナーだけが素晴らしいとはいわないが、

もし、自分で高いポジションを目指すのであったら、

極めるまで何か続けて、顔をつくることが必要だ。

チャンスの破片でも

(今日のコトバ)

 

勢いのあるうちに、遠くまでいけ。

 

 

 

ポスト小泉の有力候補に、安部晋三を押す声がある。

まだ若すぎるから早いという声もある。

ただ、この機を逃すと総理になれない可能性もある。

政治の世界は、魑魅魍魎だ。

一寸先は闇。明日のヘポジションなど誰も保証されない。

足のひっぱりあいからスキャンダルに巻き込まれることもある。

しかも、晋三の父である晋太郎は、

総理目前にして竹下登にその椅子をゆずり、

総理になることなくこの世を去った。

勢いのあるうちに、頂点を目指さなければ

チャンスは逃げていってしまう。

一般の社会でも同じことがいえると思う。

「いまだ」と思ったときにチャンスをつかまなかった時、

次のチャンスが永遠にこないことだってある。

だからこそ、逃していいチャンスなどない。

ひとつのチャンスをきちん捉える。

仮に捉えきれなくても、

チャンスの破片でいいからつかみとる。

少々傷だらけになっても、

次の舞台にあがるのだ。

舞台にあがってしまえば、

今度はチャンスの数もふえてくる。

とにかく、勢いにのって、チャンスをつかみとれ。

「外」で身につけたチカラ

(今日のコトバ)

 

道場破りをしてみなければ、

実力なんてわからない。

 

 

 

内輪で賞賛したものを、

外に出して評価をあおいだら、

たいしたことはないことがある。

狭い世界での実力が

音をたてて崩れてしまう。

世の中は思ったより凄い奴らがいる。

そう感じた時に、さてどうするか。

いちばんてっとり早いのは、

道場破りを繰り返すことだ。

「外」で失敗した時の傷は痛い。

「外」で負けた時の目線は冷ややかだ。

「外」で助けてもらえない時の心はつらい。

ただし、「外」での出来事を克服した時、

とてつもなく凄いチカラを身につけられる。

もっとアウェーという名の「外」に出て、

戦おう。そして、等身大の自分という奴を

大きく超えてみよう。

未来の扉を開こう

(今日のコトバ)

 

過去は人なつっこいけど、

未来は人見知り。

 

 

 

昔を懐かしむのはいいものだ。

楽しかったことは楽しく思い出されるし、

辛かったことも楽しく思い出される。

すべて想い出というアルバムが、

美しく心の写真を編集してくる。

ただ、そこは未来ではない。

想像の世界ではないし、

何かを生み出すこともない。

もしかしてヒントになることがあっても、

過去のままでは未来は生み出せない。

未来は面倒くさがらずに、

扉を開けないと中には入れてくれない。

時に人見知りのように

人々に冷たくするけど、

一度開けてしまえば、

未来は現実になり、

深い友好関係が生まれる。

そしてそこには、夢見た何かが必ずあるはずだ。

過去にはなかった新しい何かがあるはずだ。

未来の扉を開けよう。

はじめは難しいことがたくさんあるけど、

自分のものにしてしまえば、

素晴らしい世界が広がるのだ。

好きを武器に

(今日のコトバ)

 

好きを、掘れ。

 

 

 

恋愛ごとというわけではなく、

自分にとって好きなものを徹底的に極める。

それが、大成する一番の近道である。

社会に出て働いてみるとよくわかるのだが、

得意分野ではない仕事についてしまうと、

とてつもなく大変で、苦しい思いをする。

怒鳴られたり、いじめにあったり、はずされたり、

挙げ句の果てにはリストラにあったりする。

好きではない分野に進むと、

嫌いだから真面目にできない。

解決方法も見つからない、見つけられない。

できないストレスをかかえ不健康になる。

悪循環の方程式にハマってしまう。

好きなことならば、キャリアを積むうちに得意技ができ、

自分なりの対処の仕方を身につけられる。

目標も設定しやすいし、前向きに取り組んでいるぶんだけ

成果も上がり、よりよいポジションにつける。

つまり、「好き」であることをテーマにできるか、

できないかで、人生は天国にも地獄にもなるのだ。

だからこそ、「好き」を、掘れ。

何があっても自分の「好き」から掘りはじめよう。

それが、血や肉となり、やがてスタイルとなる。

そのスタイルができてしまえば、

未来をより豊かに切り開いていける。

幸せな人生を生きていけるのだ。

変化は進化のはしご

(今日のコトバ)

 

変化はイベントだ。

積極的に参加すればいい。

 

 

 

状況が変わっていくと、ついていくのに億劫になる。

変わらないで済むものならば、このままの状態でいたい。

人はおかれた状況に慣れながら、

自分のペースをつくるものだともいえる。

ただし、様々な事態から変化を余儀なくされることも

多々あるといっていい。

トップが変わる。会社が変わる。セクションが変わる。

学校が変わる。親が変わってしまうことさえある。

その変化は大変かもしれない。

ただ、受け入れるしかない状況ならば、

ひとつのイベント、ひとつの祭と思って、

積極的に、前向きに捉えて行動しよう。

いままでより負荷がかかる変化なら、

意識改革というイベントに参加するぐらいの気持ちでいい。

その気持ちが定着するうちに、

自分自身も新しいステージに上がっているかもしれない。

いや、間違いなく変化を受け入れ消化した時、

人は新しいステージに立っている。

ポジティブに変化に対応すれば、

さらに高いステージにもいける。

変化は進化のはしごだ。

前向きに受け入れてどんどん登っていこう。

幸せの数の調整

(今日のコトバ)

 

幸せは人類よりちょっと少なくて、

いつも足りないと嘆かれている。

 

 

すべての人に足りるほど、

幸せは数多くありはしない。

いつも誰かが幸せが欲しいと嘆き、

幸せをもっている人をうらやんでいる。

それはきっと、神様が幸せの数を調整して

誰でもかれでもあげないことにしたんだと思う。

考えてみるば、みんなが幸せになったら

自分は幸せとはいいきれない。

もっと欲深くなったり、

もっと幸せな人をみつけてうらやましがったり。

比較しなければ満足できるものを、

比較したために幸せではないと思ったり。

ただ、幸せが足りないと思って、

幸せが足りようとする努力は、悪いことではない。

もっといえば、幸せを自分のものにする努力の中にこそ、

幸せが隠れているともいえる。

つまり、幸せをちょっと少なめにつくって、

幸せでない人は自分で足りないものを補って幸せになることを、

神様は奨励しているのだ。

だから、幸せは少し足らなくていい。

その方が、幸せな人と幸せになろうする人で人類が構成できるのだから。

前よりも強い力で立ち上がれ

(今日のコトバ)

 

勝ち星は、流れ星。

 

 

人は、勝ちつづけては生きていけない。

必ずどこかで敗北し倒れてしまう。

だが人は、そのたびごとに立ち上がろうとして強くなる。

その力こそが人間の進化なのだ。

だから、勝ったことによる慢心もいけないが、

負けたからといって塞ぐこともない。

また、前よりも強い力を出して立ち上がればいい。

勝ち星なんて、流れ星。いつかは消えていくもの。

勝とうとした気持ちと、その過程で得た力と技の方が

よっぽど重要なのだ。

人は、慢心せず、立ち上がれることが大切な生き物なのだ。

ライバルで進化する

(今日のコトバ)

 

ほんとうの敵にこそ、

友好関係を結ばなくてはならない。

 

 

 

ライバルこそ、最良の師だと思う。

先生や先輩など指導をしてくれる人も大切だけど、

ほんとうに自分の未知の力を発揮させてくれる人は、

ライバル以外にないと思う。

「彼に、彼女に勝ちたい」「彼の上をいってやる」

という気持ちが無限のエネルギーを生み、

最大限の自分をつくり出す。

だからこそ、ライバルを大切にしなければならない。

人は、ライバルを蹴落としたいと思うが、

ほんとうにライバルを失ってしまうと抜け殻になって、

自分も進化できなくなる。

人生はライバルがいてこそおもしろい。

自分の人生の目の前に、ライバルを。

あきらめた場所から落下する

昨日はご迷惑をおかけしました。

本日、奇跡的早さで復旧できました。

今後とも、コトバザウルスをよろしくお願いいたします。

 

(今日のコトバ)

 

ストレートの人生もよし。カーブの人生もよし。

フォークの人生には気をつけて。

 

 

 

多少障害があっても、まっすぐに生きる。

遠まわりしたけれど、目指した場所にたどり着ける。

どちらも間違ってはいない。

ただし、突然、急降下で堕ちていく人生にしてはいけない。

人間は身を滅ぼす以外の対処方法を知らないからだ。

時に甘く、時に快楽を感じながら

立ち上がれない谷底へ堕ちていく。

その感覚に、人間が人間に戻れなくなる。

人生、負けても、失敗しても、堕ちていくことはない。

あきらめた瞬間から、落下の速度が上がっていくのだ。

人間として生きていくために、あきらめないことを肝に命じる。

そして、落下とは縁のない人生を築いていこう。