指摘されて直す

 

(今日のコトバ)

 

テングといわれていいじゃない。

虎の威を借るといわれていいじゃない。

なまけ者といわれていいじゃない。

人は指摘されて、

はじめてわかることもあるんだ。

 

 

人は、自分ことがいちばんわからない。

生きても、生きても、わからない。

大きく自分を考えてみたり、

小さく自分を考えてみたり。

良く自分を思ったり、

ワルクく自分を思ったり。

ジャストサイズの自分を見つめることが

できない生きもの。

だからこそ、

人から指摘されていい。

指摘されたもので、

自分が納得するものは

修正すればいい。

何が何でも修正する必要はない。

自分でもその傾向があり、

直すべきだと思ったら直せばいい。

そのために、

まわりの人の指摘がある。

まわりの人の指摘に耳を傾けることは、

生きていく上でとても大切なことだ。

 

いつも通りを大切に

 

(今日のコトバ)

 

 

いつも通りという本領発揮。

 

 

 

いつも通り、あたりまえ、平凡、普通。

それこそ特長のないことだけど、

そこに人生のすべてがある。

いつも通りにできなくなった時、

あたりまえでなくなった時、

平凡でなくなった時、

普通でなくなった時、

そればわかる。

オロオロするだけでなく、

自分の気持ちがブレて、

地に足がつかなくなることが、

次々に起こる。

異常事態、非常事態になり、

自分らしくいられなくなる。

そこではっきりする。

いつも通り、あたりまえ、平凡、普通が、

どれだけ幸せであったか。

どれだけ大切であったか。

もっといえば、

どれだけ奇跡を続けてきたかがわかる。

だからこそ、

いつも通りという人生、時間を

大切にすべき。

そのことを忘れてはいけない。

時がたてば、いい想い出になる

 

(今日のコトバ)

 

人生では、

忘れ物も、落とし物も、

時がたつと宝物になる。

 

 

 

生きていて、

忘れてしまった物がある。

落としたり、捨ててしまった物もある。

ただ、不思議と時がたつと、

いい想い出になる。

想い出とは、

人生にとって宝物といっていいほど、

素晴らしい記憶。

人生では、いいこと、

ワルいことがたくさんある。

大切にしたいものばかりではない。

忘れたり、捨てたいものもある。

だが、それでも

時がたつと想い出になる。

すべてとはいわないが、

ほとんどがいい想い出になる。

人間の記憶は、

そういう意味で都合よくできている。

その都合のよさを人生で上手に使おう。

いま辛いことも、忘れたいことも、

時がたてば、いい想い出になる。

そう思って、いまを超えていく。

人生には大切なことだ。

知識を自在に使うための知恵

 

(今日のコトバ)

 

知恵は、罠にかからない。

 

 

知っていれば、騙されない。

できれば、ごまかせられない。

世の中を生きていくということは、

そういうものだ。

もし、知恵さえあれば、

自分が不利益になることは避けられる。

他人にいいように使われることなく

生きていける。

知恵。

様々なものがある。

知識だけでなく、

知識を自在に使うための知恵。

生きていく中で、

切磋琢磨すれば、

身に着けることができる。

貪欲になって、

身に着けるようにすれば、

よりたくさんの知恵を身につけられる。

特に、自分が生きていこうとする分野の

知恵を身に着ければ、

人生をブレずに生きていける。

知識を自在に使う知恵。

この世の中を生きるために、

身に着けておきたいものだ。

 

足跡が人生の道標

 

(今日のコトバ)

 

どんな道にも足跡をつけていけ。

いつかその足跡が道に迷った時の

道標になる。

 

 

 

ちゃんと歩いていく。

ズルや近道、割り込みなど、

フェアーではないことをしない。

愚直に、まっすぐ歩く。

そんな人をまわりで見かける。

そういう人は、

間違いなく自分の夢や目標を叶え、

人生をいい方向へ向かわせている。

ブレずに自分がやるべきことを

まっとうしているのだ。

では、なぜ、人生を謳歌できるのか。

それは、まっすぐに、着実に、

歩いた道だから、

記憶に残る足跡がある。

その足跡を確認すれば、

自分がブレずに生きていけることを

知っている。

つまり、

足跡が人生の道標になっているのだ。

できるなら、どんな人も

足跡が人生の道標になるように生きるべきだ。

「そこを歩くことは正しい」

「そこを歩くことは間違い」

そう行くべき道を判断できれば、

人生はいい方向に進んでいく。

ブレず歩いた足跡は大事なのだ。

「過去」に培った力、「未来」に放つ発想

 

(今日のコトバ)

 

過去は、

履歴書になって人生を売り込む。

未来は、

企画書になって人生を売り込む。

 

 

 

「今」を生きる。

そう人は、「今」しか生きられない。

「過去」も、「未来」も、

そこに自分は存在しない。

だからこそ、

「今」を最大限に使わなければならない。

「過去」に培った力を持って。

「未来」に放つ発想を持って。

つまりは、

「過去」という履歴書を銃に、

「未来」という企画書を弾にして、

「今」という人生を生き抜くのだ。

人生は、

自分がやりたいこと、

自分ができることで彩られれば、

楽しく幸せになれる。

そのために、「過去」と「未来」を使って、

「今」を最大限に楽しいものにするのだ。

準備ができていることをアピールする

 

(今日のコトバ)

 

まだ未完成だが、

最高傑作になる準備はできている。

 

 

 

努力している。

だが、なかなか世の中に認められない。

そんな人はたくさんいる。

年が若すぎる。

声が小さい。

コネがない、、、、、。

もちろん、実力不足もあるだろう。

ただ、チャンスさえあれば、

いつでも勝負できると

思っている人もいるはずだ。

その中で準備ができている人もいるだろう。

そういう人は、

思い切って「自分はできる」とアピールすべきだ。

以心伝心とか、

見る人が見ればわかるとか、

他力本願ではなかなか見つけてもらえない。

だとしたら、

自分の能力を発揮、発信する。

誰かがしっかりと認めるまで、

SNSもあるのだから、自分を売り込めば

人生は開けてくる。

そこで、

自分の能力、自分の技術、自分の準備が

揃っていることを伝える。

人生を有意義にしていくために

大切なことだと思う。

寄り添えば距離は縮まる

 

(今日のコトバ)

 

 

生きている限り、

一人ぼっちということはない。

少しだけ、人を捜す努力が足りないだけだ。

 

 

 

孤独を感じることがある。

人とのつながりがなく、

寂しい気持ちになってしまう。

孤独を感じることがある。

たくさんの人と交流しているのだが、

寂しさは募ってしまう。

人は、どこかで孤独を感じるもの。

人から距離があって、

孤独になる。

人のぬくもりが感じられなくて、

孤独になる。

生きていくどこかに孤独がある。

ただ、孤独を感じる時、

人は自らまわりの人と

距離を置いていることが多い。

人は人とつながって

生きていく生きもの。

距離があっては、

寂しいに決まっている。

では、どう距離を置かず

孤独にならないようにするか。

それは、一にも二にも人とつながる

努力を自らすること。

ちゃんと話したり、コミュニケーションを

とることで、かなりの部分が解消できる。

さらに、できれば、

まわりの気持ちになるべく寄り添う。

自分が寄り添うことで、

相手も寄り添ってくる。

寄り添えば距離は縮まる。

距離が縮まれば、

寂しさは解消されていく。

人生は、

人によってつくられていく。

人と距離が人生をつくるともいえる。

だからこそ、

寄り添いながら生きていく。

孤独にならないために大切なことだ。

 

あたたかい気持ちになる

 

(今日のコトバ)

 

「助けてあげた」と思っていたのに、

「助けてもらった」のは、いつも私でした。

 

 

 

誰かを助けてあげる。

助けたいから、何かをする。

その後の気持ちは、いつも爽快だ。

何もなくても気持ちいい。

自分の行動に満足できる。

御礼や感謝をされると、

さらに気持ちいい。

そして、

そのことから自分を

あたたかい気持ちで迎えてくれたりすると、

それはもう、

助けたとか、救ったとか以上に、

相手からあたたかい気持ちを

もらっているのだ。

あたたい気持ち。

見えるものではないし、

具体的に形あるものでもない。

だが、その気持ちは、

自分の人生を助けてくれる。

小さいかもしれないが

自信をつけてくれる。

人を助けることは、

たったひとつの行動かもしれない。

ただ、自分の人生を

あたたかいものにするには

大切なことだ。

 

それだけで、充分、人生成功

 

(今日のコトバ)

 

成功とは、

今日、ここに生きていることだ。

 

 

 

人生には、成功という言葉がある。

何を持って成功かというと、

それこそ人それぞれの価値だったりする。

「そんな小さなことを成功というか?」

「それだけやっても、まだ、成功といわない?」

人のものさしでだいぶ違ってくる。

ただ、生きれば生きるほど思うことがある。

それは、今日、生きていることは、

すべて成功ではないかと。

生きているといっても、

みんな人生を背負っている。

ただ楽しいことばかりできはない。

苦しいことも、辛いことも、

悲しいこともある。

それでも、一歩外へ出れば、

笑顔で前向きに頑張っている。

それだけで、充分、人生成功だと思うのだ。

年齢によって、

成功の意味合いも違ってくるかもしれない。

だが、生きているだけで、

人生成功と思えることは、

間違いではないと思う。