欲しいものを手に入れる目標

 

(今日のコトバ)

 

欲しいものがない金持ちより、

欲しいものがたくさんある貧乏の方が、

楽しいじゃないか。

 

 

 

 

すべて欲しいものが手に入る。

自分の望みは、誰かの手によって、

必ず叶う。

身の回りには、

いつも気持ちを満足させるものがある。

そんな暮らしをしている人もいるはずだ。

他人から、

「あなたは恵まれている」

といわれないとわからないが、

実際は恵まれている人。

そういう人はそういう人で、

「もっと欲しい、あれも欲しい」

と思うかもしれない。

だが、いずれ手に入る。

欲しいものが手に入るのが

あたりまえとなる。

そうなった時、

手に入った時に感動があるだろうか。

反対に、コツコツ貯金をして、

やっと手に入ったもの、

何年もかけて念願叶って

手に入れたものの方が

感動は大きいはずだ。

さらにいえば、貧乏な状況から、

一つ一つお金を貯めて、

自分のものにしていくほど、

楽しいこともない。

もちろん、途轍もなく手に届かないもの、

一生手に入らないものはある。

だが、欲しいものは、

簡単に手に入らない方が

人生に目標ができる。

極端にいえば、

だからこそ、

生きていこうと思えることもある。

そう思うと、欲しいものが

たくさんある状況の貧しさは、

それほど悪くない。

人生を活性化する一因になる。

イキイキ生きる源になるのだ。

 

 

 

 

 

はじめてを、乗り越えろ

 

(今日のコトバ)

 

勇気は、デビューに集中させる。

 

 

 

何事もはじめる時が、

いちばん緊張する。

はじめての試みへの緊張感。

はじめての人へのプレッシャー。

はじめての環境への不安、、、。

はじめては、メンタルが全開で働き出す。

人によっては、環境によっては、

しんどい作業になることもある。

ただ、このはじめてこそ、

自分の人生を大きく変化させる

チャンスになる。

時間はかかっても、

このはじめてを乗り切れば、

新しい自分に出会える。

新しい可能性を広げていける。

自分にとっての大改革になる。

だからこそ、

どんなにしんどいことがあっても、

勇気を振り絞って、

頑張る価値はある。

このはじめてが、

あたりまえになった時、

人生は新しいステージに進む。

はじめては、

人生の大きなチャンスなのだ。

否定より肯定する状況へ

 

 

(今日のコトバ)

 

否定は、未来をつくれない。

 

 

何事も否定から入る。

慎重で、冷静なようだが、

ネガティブと思われることもある。

その結果、

良い方向へ転べば良いのだが、

あまり良い方向へは進まない。

否定的に考えると、

生産的な思考にならない。

もちろん、リスクヘッジをかける時、

冷静で、ネガティブな目が必要な時もある。

ただ、ダイナミックに前進しようとする時、

足枷のような考えが、

前進の邪魔をする。

反対に、何事も肯定的に考える人は

どうだろう。

とにかく、前向きにやってみる。

失敗しても、前進する。

負けても、歩みを止めない。

そんな状況をつくって物事を進めると、

現場の雰囲気は良くなる。

この雰囲気が良いということが、

前進の起爆剤になる。

もっとやろう、

もっと頑張ろうという気持ちになる。

おのずと、良い状況がつくられる。

だとすれば、否定的な気持ちを

なるべく捨てた方がいい。

良い結果への近道は、

肯定する気持ちにあるのだ。

 

 

将来性には、別格感

 

(今日のコトバ)

 

いつの時代も、将来性は高価買入。

 

 

その分野にいるからわかることがある。

「将来性がある!」ということ。

人材だったり、製品だったり、企画だったり。

見るだけで、考え方を訊くだけで、

何かを感じる。

これから先の時代に役立つと思える。

では、その将来性とは何か。

簡単な話ではない。

漠然としているものもある。

空気のように感じるものもある。

ただ、わかりやすいのは、

まったく新しいものを予感させたり、

まったく能力が違うものがあったり、

別格感が伝わることではないだろうか。

高校野球のスター清宮選手は、

もう結果を出しているにもかかわらず

将来性があると思える。

そして、別格感もある。

少々、大物の話になったが

自分の専門分野でも、

この別格感のあるものがあると思う。

もし、別格感があって

将来性があると思うなら、

その芽を大切にしよう。

大きく育てれば、

大きな成果を

生むことになるかもしれない。

将来性には、別格感があるのだ。

 

期待はゆっくり応えよう

 

(今日のコトバ)

 

期待はずれをいっぱいしたから、

期待どおりの働きができるようになったんだ。

 

 

 

何事も初めから上手くはいかない。

新人として挑んだったり、

素人として挑むのなら、

ミスを連発することもあたりまえだ。

ただ、人は初めから

上手くできるようになりたい生き物。

できないことで、

あせってみたり、

でこきないことで、

あきらめてしまうこともある。

気持ちとしては、

できないことで、

まわりから期待はずれだと

思われていることが悔しい。

足手まといになっていることが

辛いと思ってしまう。

だが、考えてみれば、

みんな初めから達人はいない。

天才と呼ばれている人だって、

吸収のスピードが速いだけで、

ミスだってする。

ミスをしたり、上手くできないのは、

自分だけでないのだ。

そう、できないのは自分だけでないことを、

忘れなければいい。

それよりも、

着実に前進ことが大切。

そして、自分のものにして、

期待どおりの働きが

できるようになればいいのだ。

 

 

 

 

 

 

 

他人のものより、自分のもの

 

(今日のコトバ)

 

まず、掌にあるものを落とさず、

しっかり握りしめろ。

 

 

 

 

他人の持っているものは、良く見える。

自分が持っていないものだと、

なんでも良く見えてしまう。

仮に、自分の持っているものより、

価値がなくても良く見えてしまう。

昔から、隣の芝生は青く見えるともいう。

他人のものだと良く見えるマジックがある。

だが、ほんとうに良いものは、

自分のまわりにある。

暮らしながら知らず知らずのうちに、

身のまわりで揃えているのだ。

服にしても、靴にしても、

グッズにしても、大切な人間にしても。

いまを生きるために必要だから、

大切だから、揃えている。

意味があるから揃っている。

自分の掌にあるものは、

貴重なもので、機能的なものなのだ。

それを忘れてはいけない。

大切なのは、まず、

自分のまわりにあるものだということを。

 

 

 

毎日更新していく未知への体験

(今日のコトバ)

 

人生は、小さな事件を解決しながら、

喜怒哀楽を生むサスペンスだ。

 

 

 

 

毎日、何か想定外の出来事が起こる。

そのほとんどが、小さな出来事。

次の日には、もう忘れていることもある。

ただ、この小さい出来事を、

毎日、どうにかクリアして生きているのも事実だ。

その力は、積もり積もれば相当な財産になる。

昔、できなかったことが

できるようになる。

昔、怖かったものが

怖くなくなる。

昔、知らなかったものを

知ることになる等、、、。

だが、それでも明日は

想定外の出来事が起こる。

その出来事から喜怒哀楽が生まれ、

未知の体験をする。

人生。

それは、毎日更新していく未知の体験。

明日のことは誰もわからない。

だから少し不安で、

だから楽しい。

人生は生きるに値するサスペンスなのだ。

 

 

停滞と無責任を回避せよ

 

(今日のコトバ)

 

いい訳の上に、成果なし。

 

 

 

 

苦しくなると、怠けたくなると、

人はいい訳をする。

ほとんどのいい訳は、

自分におかれる良くない状況を回避するため。

ただ、このいい訳している間、

ほとんどの場合、行動が止まっている。

自分ではないと証明しようとしているのだから、

あたりまえといえばあたりまえだが、

前進する話にはならない。

むしろ後退しているといっていい。

また、誰かに責任を転嫁している場合もある。

本当に自分が関係ない場合は仕方ないが、

たいがい自分の責任を誰かに押し付けている。

そう考えると、いい訳は、

停滞と無責任の二つの問題点をつくってしまう。

自分の人生において、

いらぬ問題をかかえてしまうのだ。

当然、成果を求める状況でいい訳は、

抵抗勢力でしかない。

だからこそ、いい訳は最低限にすべきだ。

ほんとうに状況判断を間違っている場合以外、

いい訳をしない。

それだけでコミュニケーションは

スムーズに進んでいくはずだ。

人生の達成度の差

 

 

(今日のコトバ)

 

みんな天才だと思ってスタートし、

凡才であることを知ってゴールしようとする。

ただ、天才をあきらめなかった者だけが

一歩前を走っている。

 

 

 

何かをはじめる時、

誰でも「自分はできる」と思っている。

「こんなことぐらい」と思ったり、

「自分は天才だ」と思ったりする。

やる気もあるし、

できるようになりたい気持ちもあるので、

あたりまえの話かもしれない。

ただ、やりはじめると、

簡単ではない壁に何度もぶつかる。

人によっては心が折れて、

投げ出したり、

テンションが低くなって、

進歩しなくなることもある。

もちろん、ほんとうに天才といわれるように

何でもできてしまう人もいる。

だが、たいがいの人は壁にぶつかる。

その壁を乗り越えるか、

越えないかが、人の進化を決める。

では、壁を乗り越える人とは、どういう人か。

それは、一言でいうと、

あきらめない人。

様々な困難があっても、

ギブアップしない。

強い気持ちで乗り越える人が、

進化を続け目標を達成する。

そこに天才か、天才でないかは、

ほとんど関係ない。

あきらめないで、やり続けるか。

あきらめて、足を洗うか。

その差が、人生の達成度の差に

なっていく。

そう思うと、

あきらめない精神をもった者は、

天才と同じ、もっといえば、

天才以上の能力を持っているともいえる。

だからこそ、あきらめないという気持ちを

人生の念頭において生きてみる。

人生の達成度が大きく違ってくる。

もっと有意義な人生が待っているはずだ。

 

知識なき強味

 

 

(今日のコトバ)

 

増えすぎた知識は、足をすくませる。

 

 

 

あまりにも知識がありすぎて、

前へ進めないことがある。

知っているだけに、

難しさやしんどさが頭に浮かび

前へ踏み出せない。

「こうなるから、やらない方がいい」と、

ポジティブに考えられず、

やらないという選択をしてしまう。

反対に、何の知識もないから、

飛び込んでいくことに躊躇がない。

結果、いいケースもわるいケースもあるが、

間違いないのが一歩前進できたという事実。

無邪気なポジティブとでもいおうか、

トライすることはできたことになる。

知識があること。知識がないこと。

知識があることがいいことは多いが、

知識がないことがプラスに働くこともある。

特に人生の大切な場面では、

知識がなくてトライできる方が

良い場面が多々ある。

だから、知識がないからといって

あきらめることはない。

そのトライする気持ちが

有利に働くこともある。

知識は、味方にも、敵にもなるのだ。