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(今日のコトバ)
傷つけば磨かれ、
傷つけば強くなり、
傷つけば優しくなる。
傷つくことで人はつくられていく。
「傷つく」
人生で何度も経験する。
人はその度、
傷をいやそうとする。
特に、心の傷は、
自分で自問自答しながら
癒さなければならない。
なぜ、胸が痛むのだろう。
なぜ、わかってもらえないのだろう。
なぜ、許してもらえないのだろう。
なぜ、嫌われるのだろう。
なぜ、騙されるのだろう、、、、。
なぜ、なぜ、なぜと自問しながら、
傷を癒す。
いい自答ができれば、
それが成長となって、
賢くなったり、強くなったり、
優しくなったりできる。
もちろん、そばにいる誰かに
癒されることもある。
だが、心の傷は自分で癒すことが大切。
自分で癒すことが、
すなわち自分の成長にもつながる。
つまり、
傷つくことから自分で立ち直ることが大切。
致命傷になるような傷は避けなればならないが、
かすり傷ぐらいはいくらでもつくってもいい。
その傷をつくっていくことが、
実は自分という人間をつくっていくことにもなる。
「傷が自分を磨く」と考えることもできる。
人は傷によって、
人生をつくり上げる。
そう思って生きていくこと。
それが自分をつくるための
人生の礎になると信じて
生きていけばいいのだ。
(今日のコトバ)
この星に生きる
誰か一人の大切な一人になれたら、
それだけで人生間違っていない。
自分の存在価値を考える時がある。
「誰かの役に立っているのだろうか。
何も役立っていないのではないだろうか」
自問自答して、
「あまり役立ってないのではないか」
そう思ってしまう時もある。
ただ、自分の行動半径で、
まったく、誰の役にも立っていない人は、
あまりいないのではないだろうか。
自分が密接に付き合っている人を
考えれば、たいがいの人は
誰かの役に立っているはずだ。
迷惑をかけている人も
いるかもしれないが、
それを含めて役立っていることもある。
また、SNSの時代になって、
自分が「いいね!」するでけで、
救われている人が
世界中にいることもある。
何もできない赤ん坊だって、
親や祖父母が生きるための
喜びになっている。
そう考えると、自分という人間は、
この星に生きる誰かの役になっている。
それだけで生きていく価値がある。
存在価値が絶対にあるのだ。
いま、もし、自分の存在価値に疑問を
持っているなら、
広く自分の行動半径を見渡して
考えてみるといい。
きっと、
誰かは自分という人間を求めている。
必ず、誰かの役に立ってる。
そう思って生きて間違いないのだ。
(今日のコトバ)
一人だけど孤独ではない人がいる。
孤独だけど一人ではない人がいる。
人生は素晴らしい、そして、難しい。
生きていると、
孤独を感じることがある。
あきらかに人から離れて、
文字通り孤立し、孤独になる。
反対に、たくさんの人に
囲まれているのに、
孤独を感じることがある。
群衆の中にいるからこそ、
孤独になる。
「自分の居場所がない。
人の目が怖い」などから、
寂しさが募っていく。
どちらも、生きていれば、
何度か感じたはずだ。
複雑な感情を持つ生き物の人間。
そういえば、悲しいのに笑っていたり、
嬉しいのに泣いてみたり、、、、。
人間は複雑な感情の機能を持っている。
だからこそ、
コミュニケーションが
大事といわれるのだろう。
そして、その複雑な感情を持つ人間だから、
素晴らしいドラマが生まれ、
人生が大きく変化していく。
そんな人間として生きていけることを
愛していける。
そんな人生でありたいと思う。
(今日のコトバ)
言葉があなたのすべてではないけれど、
他人は言葉であなたのすべてを感じてる。
どういう人か。
他人を判断したり、
自分が判断されたり。
いい人だとか、
いやな人だとか、
判断基準は、人それぞれだ。
ただ、その判断はほぼその人が発する
言葉が決めているといっていい。
どんな言葉を発するか。
ものわかりがいい言葉をいったり、
優しい言葉をいってくれたりすると、
いい人になる。
いちいち反抗する言葉をいったり、
辛辣な言葉をいったりすると、
いやな人になる。
大雑把だが、この分け方だけでも、
まわりの人の半分ぐらいは当てはまる。
もうひとつ大きな勢力は、
あたりさわりのない言葉を使って、
敵も味方もつくらないタイプ。
この3種類がまわりにいる。
簡単な分類が成立する。
ただ、この分類は、
言葉で分けられている。
そう思うと、
自分の発する言葉は大切になる。
「人はその言葉通りの人になる」とか、
「行く言葉が美しければ、
来る言葉も美しい。
行く言葉が汚ければ、
来る言葉も汚い」などともいう。
人は言葉によって、
人間性をみられている。
だからこそ、ひとつひとつの言葉を
自分の使者と思って伝えるべき。
自分は言葉ですべてを判断されている。
そのことを忘れてはいけない。
(今日のコトバ)
ありがとうをいっぱい言った日は、
しあわせの中で眠りにつける。
日頃、感謝をしているだろうか。
忙しさの中で、
感謝を忘れてしまっていないだろうか。
きっと、忘れてしまうことも多いと思う。
ただ、感謝は人に対するものだが、
自分にとっても大きな役割を果たしてくれる。
それは、気持ちが良くなること。
「ありがとう」という言葉を
本気で思った時、
もしくは、「ありがとう」を
何度も伝えた日は、
とても気持ちが良かったはずだ。
感謝しているのだから、
あたりまえといえばあたりまえだが、
人生で自分を気持ち良くしてくれる
アイテムとしてとても優れている。
この世知辛い世の中で、
気持ち良く生きられることが
約束されているものも数は少ない。
その中で感謝できることは、
間違いなく気持ちいい。
だからこそ、
感謝する状況をつくっていく。
それだけで、
気持ちの良い時間が生まれる。
感謝は大切な人生のアイテムなのだ。
(今日の言葉)
年中夢中で生きていこう。
人によって楽しい基準は違う。
遊んだり、
飲んだり、
趣味に時間を費やしたりが
楽しいの基準の人がいれば、
勉学だったり、
お稽古事だったりが
楽しい人もいる。
基準は人の分だけある。
ただ、人生を楽しいものにしたい時、
夢中になれるかという基準がある。
夢中になっている時間は、
楽しいというだけでなく、
集中しているし、
技術が向上している時間でもある。
もっというと、
夢中の時間が多いほど、
楽しく、また、幸せな人生といえる。
そう思うと、
夢中になれる時間をつくることは、
人生にとってテーマの一つ。
どうやって夢中になるか。
自分の中の夢中になれるものを探す。
その夢中になれるもの時間で生きる。
人生を悔いなく生きていくために
大切なことだ。
(今日のコトバ)
「勝利を才能のある奴だけに独占されて
たまるか」という人間の思いが、
努力を生んだ。
人より秀でた才能があること。
人生が素晴らしいものにするために
一つの武器になる。
最初から特別な能力が身についている。
生きるには、夢を叶えるには、
勝負に勝つには、
神様からの最高の贈り物といっていい。
ただ、才能がある人だけが
勝ち続けいい思いばかりするのは、
才能の乏しい人にとって
悔しさばかりが募る。
才能の乏しい人は、
有意義な人生をくれないことに
なってしまう。
そこで、才能の乏しい人は、
才能を凌駕する武器はないか考えた。
その時、一番手に上がったのは、
努力だった。
絶え間ぬ努力を続ければ、
ちょっとした才能なら
超えてしまうことができる。
努力を習慣にできるようになれば、
相当な才能でも勝てることが
できるかしれないと思える。
努力は、才能の乏しい人にとっての
最高の武器なのだ。
いま、自分より才能がある人に
負け続けている人は、
努力という武器を身に着けて挑んでみよう。
少し時間がかかるかもしれない。
簡単ではないかもしれない。
だが、本気で努力を続ければ道は開ける。
才能を超える力がつくこともある。
信じて前へ進んでいけばいいのだ。
(今日のコトバ)
「みんなの声」になってしまうと、
「あなたの声」がかき消されてしまう。
たいがいのことはいい。
みんなと同じ意見なら、
あえて反する声を上げなくてもいい。
だが、自分がどうしても正しいと思うこと、
いわなければならないという意見は、
みんなが何といおうが、
しっかりとまわりの人に伝えなくてはならない。
遠慮したり、黙ってしまうと、
みんなの声に賛同したことになる。
「自分には信じるべき意見がある」
それがみんなという大勢の意見と違うなら、
大きな声で意見を主張するべきだ。
もちろん、反感を買ったりすることもあるだろう。
だが、それでも伝えるべきだと思ったら、
しっかり主張する。
みんなの意見が正しいわけではない。
もし、自分の意見が正しければ、
時間がかかっても理解される日は来る。
みんなの意見に、
あなたの意見が消されないように。
自分の意見は、
しっかり伝えるように意識しよう。
(今日のコトバ)
明日は明るい日を更新していく。
だから、明日は史上最高に明るい日。
なぜ明日は、
明るい日と書くか。
本当の意味は知らない。
だが、明るい日と書く以上、
明日には明るさがあるという
人の希望があったはずだ。
「きっと、明日は明るい日になる。
いい日になる」
そう思いたかったのだと思う。
そう考えると、
明日が来る以上、
明日は明るい日を更新していくと
考えてもいい。
明日がない日は、
人生で一日しかない。
人生が終焉を迎えたら
明日は来ない。
つまり、明日という明るい日を
更新できないのは、
人生でたった一日しかない。
そう思って生きると、
毎日が少し明るい気持ちで生きられる。
今日から明日になると、
より明るさが届く。
明日はそんな役目も持っている。
生きるために、
明日は素晴らしい役割を果たしているのだ。
(今日のコトバ)
困難は、
新しい舞台に上がるための
リハーサルである。
途轍もない困難に出会う。
簡単に越えられる壁ではない。
全知全能を駆使して
乗り越えようとしなければならない。
そんな時が人生で何度かある。
苦しみを感じて、
ジタバタすることもある。
遅々として前へ進まず、
イライラすることもある。
だが、その困難を越えた時、
人は大きな成長を遂げる。
自分でも感じたことがあるはずだ。
困難に直面した時の経験が、
その後の人生の苦しい場面で、
自分を救ってくれたことを。
だからこそ、困難に出会ったら、
その先に何かあることを念頭におこう。
少なくとも経験という名の
成長は間違いなくある。
そう信じて生きていけばいい。
困難は成長のための訓練の場。
新しい自分をつくる場なのだ。
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