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(今日のコトバ)
目標には「事実」が必要。
行動には「真実」が必要。
何かを達成するためには
目標が必要だ。
できれば、具体的でわかりやすい
目標が設定できると、尚、いい。
スローガンよりは数字であるように、
誰が想像してもブレないものがいい。
ただ、そのために
行動を起こすとなると、
具体的なことだけがいいとは
いえない。
行動のためにモチベーションを
上げるには、
真実は何なのか?
目先だけではない
自分の気持ちを維持するための
本心を知っておきたいと思う。
例えばだが、
負けるとわかっていても
戦わなければいけないこともある。
自分にとっての
真実があるから、
そのために戦う。
目標のように勝利から
逆算するのではなく、
真実のためにまっすぐ戦う。
難しい問題だ。
誰でも人生の出来事で
突き当たったことがあるはず。
事実と真実の使い分け。
だが、それを分けて使うことも
生きる知恵といえる。
どちらが正解ではない。
どちらも必要なのだ。
(今日のコトバ)
人生の計算には、
つねに誤算がついてまわる。
ただし、
大成功、大勝利という誤算もある。
はっきりいえば、
誤算のない人生なんてない。
どれだけ良くても、
どれだけワルくても、
誤算はついてまわる。
誤算というと、
失敗したり、
負けたり、
下回ったり、
上手くいかなかった状況を
表すような気がする。
だが、人生を長くやっていると、
良い誤算もたくさんあった。
想像より大きな成功、大勝利、
大きな幸せ、大きな奇跡、
さらには、ちっぽけだけど
偶然のラッキーなど、
良い誤算が誰にもあったはずだ。
その良い誤算を
きちんとカウントすると、
人生は捨てたものではない。
そこそこいい人生だと思えるのでは
ないだろうか。
いま、あまり人生がツイていないと
思っている人は、
人生の良い誤算をカウントしてみよう。
きっと、そこそこな人生だと思える。
恵まれた人生だと思えるはずだ。
(今日のコトバ)
心に強さをつくるのは、
継続しかないのかもしれない。
強さ。
それも心の強さは、
なかなかつくれるものではない。
基準もわからないし、
どこからが強さの領域かも
わからない。
ただ、まわりにいる人で、
「心が強い」と思う人がいる。
その人たちの共通点は何だろう。
考えてみると、
みな長く継続しているものがある
ということに気づく。
一つのことを地道に突きつめる。
まっすぐ頑張り続ける。
その継続する力が強さになっているのだ。
もちろん、天然で心の強い人もいるだろう。
だが、その強さとは違う強さが、
一つのことを継続した強さはあると思う。
心の強さ。
簡単につくれるものではない。
基準も、領域もわからない。
だが、一つのことを継続していける
力には、心の強さが宿る。
そういっていいのではないだろうか。
(今日のコトバ)
人間は、
敗者から復活するたびに、
美しく感動的な生きものになる。
勝ち続けることもかっこいいが、
人がいちばん感動するのは、
一度負けた者が紆余曲折あって、
勝者になること。
敗北の軌跡を知っている。
もう一度、勝つために
どれだけ努力したかを
知っていると、
尚更、応援したくなる。
そして、その再び戦う姿に感動する。
日本には、
柔道にあるように
敗者復活戦という言葉がある。
考えてみれば、
人生はすべて敗者復活戦。
勝ってから負けることもある。
負けてから勝つこともある。
勝ったり、負けたりしながら、
自分が進化していく。
そこに努力の軌跡があると、
人は気持ちが動く。
エールをおくりたいと
気持ちが動くのだ。
(今日のコトバ)
どんな人生の壁だって、
足場のない壁なんてないんだ。
生きていると、
立ちふさがる壁に
直面することがある。
どうにもならない、、、。
途方に暮れる、、、、、。
八方ふさがりになる等。
だが、戦術を考えたり、
努力をしたり、
気持ちを強く持ったり、
パートナーを変えてみたりすると、
その壁を乗り越えることが
できたりする。
振り返ってみても、
壁を乗り越えてこなければ、
ここまで生きてこれなかった。
壁。
どうとらえるかは、
十人十色。
壁にぶち当たって壊す。
壁に穴をあけて抜ける。
壁のないところまで行って越える。
そして、壁をよじ登って越える等。
方法はいくらでもある。
様々な方法で
乗り切ってきたのだ。
その自分の歴史を考えれば、
これから巡り合うであろう壁も
なんとか乗り切ることができる。
自分の中に乗り切る力が
備わっている。
そのことを忘れずに
生きていけばいいのだ。
(今日のコトバ)
人間は、
エールなきレールの上を
走ってはいけない。
どれだけ頑張る気持ちがあっても、
どれだけ勇気を持っていても、
誰からもエールがない
戦いはできない。
夢への意欲が強くても、
目標達成意識が強くても、
「あの人のために、
あの人たちのために」の
気持ちがなければ、
最後まで全力を振り絞ることが
できない。
人は、「あの人のために」の
気持ちで生きている。
あの人を愛するために。
あの人を助けるたに。
あの人を支えるために。
あの人を、、、、、するために。
そこが頑張るための礎になる。
いま、頑張っているのに
力が入らない人は、
「あの人のために」の
あの人をつくろう。
「あの人」が決まれば、
いま以上に力を発揮できる。
もっと能力を全開にできるはずだ。
(今日のコトバ)
360°、人生のトーナメント戦は、
どこからで勝ち上がれることに
なっている。
考えてみると、
人には人それぞれの成功の
仕方がある。
オーソドックスな成功もあれば、
思いもつかない成功の仕方もある。
はっきりしていることは、
成功にはどんな道もあるということ。
方法は一つではない。
人格特性、環境、時代などで、
無限にある。
そう思うと、
一つの概念に凝り固まらず、
自分がやりたいようにやればいい。
やりたい道で成功を模索すればいい。
自己啓発本などで、
ワンパターンの成功の仕方があるが、
参考にはしても、
縛られる必要はない。
人生は、360°どこからでも
勝ち上れる。
自信があるなら
自分を信じるのだ。
(今日のコトバ)
迷った幅が、人生の幅になる。
人は、生きていると迷う。
何度も何度も迷う。
その迷いを解決できることもあるし、
解決できないこともある。
時間が経つにつれて忘れてしまう
こともある。
「一年前の迷いを覚えている人が
いるだろうか」という人もいる。
迷いとは、
生きている以上、
必須の気持ちなのだ。
ただ、こうも思う。
迷いに迷って、
決断すると、
なんだか自信がつく。
上手く解決すると、
生きることに勢いがつく。
自分の中で成長を感じるのだ。
もしかすると、
迷いを超えることは、
人間として成長するための
訓練機関になって、
迷いを超えるたび
人間の幅を
大きくしているかもしれない。
だからこそ、
人生の問題に迷っていい。
迷うことを解決することで
成長する。
また、迷ったことを
解決しなければならない
ということはもない。
忘れるという対処法もある。
とにかく、迷うことを逃げずに
自分なりに解決していく。
人生においてそこが大切なのだ。
(今日のコトバ)
強いと思ったのは、
いまいるまわりの人と比べただけ。
もっと強い人の中にいけば、
また、弱い自分が見えてくる。
強さを誇るとか、
弱さに卑屈になるとか、
そんな気持ちになるのは、
自分のいま置かれている環境で
決まるのだ。
簡単にいえば、
自分のいるまわりの環境で、
自分は強い、
自分は優れていると思うか、
自分は弱い、
自分は劣っていると思うかの問題。
環境が意識をつくっているだけのこと。
もっと強いものがいる環境にいけば、
自分の弱さが、また見えてくる。
もっと弱いものがいる環境にいけば、
自分の強さが、また見えてくる。
自分の強さ、
自分の弱さなんて、
そんなの。
だからこそ、
自分が強いと思える環境に
甘んじてはいけない。
遠くには、
もっともっと強いものがいる。
その強いものに
喰いついていくことこそ
進歩がある。
近視眼的に自分の力を判断しない。
自分が進化できる環境を探していくのだ。
(今日のコトバ)
代案なき抵抗勢力をクズという。
体制側に対して、
抵抗勢力というのは必ずある。
あるべきだと思うし、
なければ世の中が一方へ
行ってしまい、
もし、良くない方へ
まっしぐらだと大変なことになる。
だから、抵抗勢力は必要だ。
ただ、抵抗勢力といいながら、
何の代案もなく、
野次、文句、愚痴ばかりをいっている
勢力もある。
誰かの陰に隠れて、
後ろから野次しかいっていない勢力。
この勢力こそ、
やっかいで必要のない勢力だ。
体制に野次をとばしているだけ。
文句をいっているだけ。
自分は傷つかず
相手を傷つけているだけ。
そして、何も生産しない。
ものすごく世の中に無駄なのだと思う。
抵抗勢力は必要だ。
体制が間違った方向へ進んでいる時、
抑止力になるのが抵抗勢力。
正しい道に戻す力があるかしれない。
だからこそ、
抵抗勢力には代案がいる。
体制の間違いを指摘して、
良い方向を示す代案がいる。
抵抗勢力には代案を持つという
役目があるのだ。
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