喜びの熱は、大きく燃やそう

 

(今日のコトバ)

 

勝ちの中で一人勝ちほど

寂しいものはない。

 

 

 

どんなに大きな勝利でも、

一緒に喜んでくれる人がいない

勝利ほどつまらないものはない。

勝ったから、

自分本人は嬉しい。

だが、その嬉しさの熱が上がらない。

誰ともわかちあえない喜びは、

一人で燃え上がって、

それで終わり。

一緒に燃え上がるものがない。

当然、大きな喜びにはならず、

早い時間に鎮火してしまう。

そう思うと、

一人勝ちも考えものだ。

チームなら勝った瞬間、

チーム全体で喜べる。

先日のラクビーワールドカップでの

日本の勝利など、

国民を巻き込んで喜べる。

こんなに嬉しく感動するものもない。

だからこそ、

勝利は一人だけで喜ぶのでない方がいい。

仮に、自分一人が勝っても、

まわりの支えてくれた人も

一緒に喜べる状況をつくる。

喜びという熱を

みんなで燃え上がらるために、

勝ちを一人占めしない。

勝利の熱は高く大きく燃やすのだ。

 

やさしさは、守る力があってほしい

 

(今日のコトバ)

 

やさしさには、

「強いから守ってくれるやさしさ」と、

「弱いから装うだけのやさしさ」がある。

 

 

 

やさしさ。

一言でいっても、

いろいろなやさしさがある。

十人いれば十人分の

やさしさがあるのかもしれない。

ただ、大きく分けると

二つのやさしさがあると思う。

一つは、

「強いから守ってくれるやさしさ」

文字通り、本人に強さや力があって、

守ってくれるやさしさ。

もう一つは、

「弱いから装うだけのやさしさ」

弱いから、あるいは適当に、

やさしさを伝えてくる。

本気でもなんでもなく、

とりあえず、

もめないためのやさしさ。

やさしさは難しい。

本気でないから、

やさしさではないともいえない。

ただ、できれば、やさしさは、

どこかで守ってくれる力を

持っていてほしい。

やさしくされたから、

癒されたり、

力がわいてくることがあってほしい。

人間は傷つきやすい生きもの。

やさしさで、再び、

イキイキと生きたい生きものなのだ。

あることの、ありがたみ

 

(今日のコトバ)

 

道のないところを歩いてきた者は、

道のあるところを歩いてきた者より、

道の素晴らしさを知っている。

 

 

 

いつも歩く道。

行くべき場所まで続く道は、

とてもありがたい道なのだが、

毎日歩けばあたりまえの道になる。

反対に、

まだ道のない、あるいは道のわからない場所へ

行こうとすると、道ができた時、

道がわかった時のありがたみは格別だ。

行くべき場所へ続く道。

同じ道でも

その道があるかないかで、

まったく意識が変わってしまう。

そして、道がなかった時を知っている人は、

道のありがたみを知ることになる。

これはどんなことにも当てはまる。

いつもあたりまえのようにあるものは、

ありがたいと思わない。

だが、いままでないものが

新しくできると、

とてもありがたかく感じる。

だからこそ、ない時の気持ちを

忘れずにいよう。

あたりまえにあるものにも感謝しよう。

気持ちはどうあれ、

自分にとって大切なもの。

そのことを心に刻むのだ。

感謝すべき人に、感謝を伝えること

 

(今日のコトバ)

 

 

一日の最後に「ありがとう」を

探して眠れ。

 

 

 

毎日、生活のどこかで

感謝を伝えたるべき人がいる。

ただ、忙しすぎて、

考えることがいっぱいあって、

ついつい感謝を忘れてしまう。

70億超の人間の中で

自分というたった一人の人間に

何かをしてくれた。

それは奇跡のような出来事と

いってもいい。

あたりまえだと思ったら、

バチがあたる。

ちゃんと感謝を伝えるべきなのだ。

もし、今日の今日で感謝できないなら、

明日でもいい。

大切なことは、感謝を忘れないこと。

ちゃんと、感謝すべき人に

感謝を伝えること。

人生の濁流に流されて、

ついつい忘れてしまいがちだが、

感謝は絶対に忘れてはいけない。

感謝をしっかりできることが、

人間力を大きく形成していくのだ。

 

 

 

 

今日のキャリアを大切にする

 

(今日のコトバ)

 

生きてきたすべての時間は成果だ。

どこかで必ず役立つのだ。

 

 

 

毎日、いろいろなことが起こる。

想定内にしても、

想定外にしても、

日々、キャリアを積む。

なんでもない一日のようでも、

少しずつキャリアアップしている。

そして、この先の人生でキャリアは

役立っていく。

生きてきた時間は、そのまま

未来に生きるための財産になるのだ。

そう思うと、

いま起こっている問題も

人生の大切なキャリア。

いい経験と思って、

前向きに取り組むと、

大きな財産になる可能性がある。

今日のキャリアを大切にして

生きていこう。

 

心の重量オーバーを支えてあげる

 

(今日のコトバ)

 

あなたが軽くしてあげることが

できるんだ、

誰かの持ち過ぎた

荷物を持ってあげて。

 

 

 

一人では持てない荷物を

持って歩いている人がいる。

手荷物なら、

手で持てない荷物はわかる。

だが、心に積み重なった荷物なら

どうだろう。

どこから重量オーバーで、

どこから心が持てないか、

なかなか判断がつかない。

結果、心の重量オーバーで、

苦しんでいる人を見かける。

たぶん、その人は、

自分では重量オーバーがわからない。

誰かに気づかせてもらわないと

わからない。

もっというと

誰かに少し持ってもらうと

楽になる。

もし、まわりでそのことに気づいたら、

気づかせてあげたり、

心の荷物を持ってあげたりしてあげると、

その人も楽になる。

時々、人は自分を見失う。

その時、心がいっぱいいっぱいだと、

生きることがつらくなる。

そうならないために、

まわりの人が支えてあげる。

なぜ、その人といるのか。

そのことを理解して支えてあげることも

大切だ。

目標のために忙しくする

 

(今日のコトバ)

 

目標があって忙しい。

それほど幸せなことはありません。

 

 

 

生きるために、

目標があって忙しくしている。

「忙しい、忙しい」と

ブツブツいっている人を

たくさん見かけるが、

そこに目標があれば、

人生で幸せな時間を

過ごしているといえる。

ただ単に忙しいだけでなく、

誰かに強制された忙しさではなく、

自分の目標のために忙しい。

生きるための行動は、

前へ前へと進んでいく。

楽しいだけではないかもしれないが、

やりがいがあることは間違いない。

反対にいえば、

暇になった時、

一瞬は気持ちいいが、

少し暇が長く続くと、

不安になったり、

イライラしてきたりする。

忙しいだけは望んでいなかったのに、

暇過ぎるのは、もっと望まない。

人は、やっぱり目標があって、

生きがいを感じる生きもの。

その目標のために忙しくする。

それが、どれほど人生を

素晴らしいものにしているか。

肝に銘じて生きていきたいものだ。

明日のために持たなくていい荷物もある

 

(今日のコトバ)

 

明日は、

まだ何も失敗していないことを

忘れてはいけない。

 

 

 

明日は直近の未来。

その未来は、

あたりまえだが、

まだ、まっ白だ。

何も傷ついていない。

考え方次第で、

行動次第で、

どうにでも変えていける。

ただ、人生は、

毎日荷物を担がされている。

今日までの荷物が

あまりにも重くて、

つい明日もしんどいと

思ってしまうこともある。

その時、

明日という力を信じてみよう。

明日は、まだ、まっ白。

なんの荷物もない。

荷物が重すぎるなら、

できる限り、

今日中におろしてしまえばいい。

とにかく、

明日という日を、

文字通り明るい日にする。

世の中は、

重い荷物を持たせるけど、

明日のために

持たなくていい荷物もある。

その選別をしながら、

生きることも大切なのだ。

情が少なくなった時代だからこそ

 

(今日のコトバ)

 

人情や愛情などの「情」を

ケチってはいけない。

「情」はあふれるほど与えてこそ

伝わるのだ。

 

 

 

 

人の情という。

最近は、あまり聞かなくなった気もする。

特に、人情や愛情を

感じることが少なくなった。

自分自身が人情や愛情を

誰かに注いでいるかというと、

それも疑問だ。

言い訳をすれば、

情を必要とする場面が少なったともいえる。

その原因の多くは、

「メール文化になってしまった」

からのような気がする。

会わないでで解決してしまう。

しゃべらないで解決してしまう。

本音のないところで解決してしまう?

人と人とが顔を見ないで

コミュニケーションをとると、

情の生まれる場所が少なくなる。

昔、フェイス・トゥ・フェイスとは

よくいったもので、

よりよいサービスをするためには、

面と向かうことが基本だったはずだが、

そんなことは20世紀の遺産に

なったのかもしれない。

つまりは、顔を見て、

しゃべることが少なくなると、

人の情は生まれにくくなるのだ。

もちろん、メールの言葉で

救われることはある。

メールだからこそ許される、

メールだからこそ安心することもある。

ただ、その先の心模様のようなものは、

あまり感じることはなく、

必然的に情は生まれるなくなる。

仕方ないことかもしれない。

だが、人間は弱った時、

人の情に支えられたい生きもの。

面と向かおうが、

メールだろうが、

情は必要になる。

そして、その情は、

情が少なくなった時代だからこそ、

あふれるほど与えなければならない。

人間の心に情があることを、

しっかり伝えることで、

人間は安心して生きていける。

そのことを忘れてはいけない。

称賛独り占めはしない

 

(今日のコトバ)

 

縁の下の人を見下すと、

夢は足元から崩れ出す。

 

 

 

 

縁の下の力持ちという。

本当は、縁の下ではなく、

チームやパートナーの力のはずだが、

なんとなく言葉が独り歩きする時がある。

ことわざだから、

深い意味はなく使っている人も

たくさんいると思うが、

縁の下はいただけない。

力を発揮して、

成功したり、勝利をしたら、

そのチーム、そのパートナーには、

すべて同じ称賛を与えるべきだ。

もっと話にならないのは、

チームで勝ち取った称賛なのに、

独り占めしようとする人がいる。

代表して称賛されるのはいいが、

称賛を自分だけのものにするのは、

まったく話が違う。

生きていると、

結構、称賛独り占めする人は多い。

ただ、世の中はよくできていて、

称賛独り占めすると、

その後、必ずどこかで瓦解する。

人の気持ちは、

ちゃんと見ている。

嫉妬したり、復讐したりする。

「なぜ、俺は称賛されない」と

不愉快になることもある。

だからこそ、

何かの目標達成に対して、

縁の下の力持ちはない。

すべてがチーム、

すべてがパートナーと出した結果なのだ。

称賛はチームで一緒にされるもの。

称賛はパートナーと一緒にされるもの。

一人では何もできない。

必ず誰かと目標を達成していることを

忘れてはいけない。