誰でもない自分というオリジナル

 

 

(今日のコトバ)

 

生み出したものは、一生、自分のものである。

 

 

 

大切なのは、「自分で」ということ。

自分で生み出したもの、

自分でつくったもの、

すべて自分のもの。

メイド・イン・ジブンである。

もちろん、自己責任も背負うから、

自分という看板も重くなる。

ただ、自分で生み出した、

自分でつくったといえるものは、

一生、ついてまわる。

傑作を生み出せば、

傑作の制作者として生きていける。

反対の可能性がないわけではないが、

とにかく、オリジナルであり、

誰に気兼ねすることもない自分のものだ。

この自分のものをもっていることほど、

強いものはない。

自分の看板になるし、

自分のアイデンティティにもなる。

誰でもない自分というオリジナルを

世の中に発信できる。

だからこそ、自分で生み出したものを

大切にしたい。

生み出したものが、

自分の人生もつくり上げていく。

優れたものをつくれば、

自分の人生も輝き出すはずだ。

 

一生一度の大事業

 

(今日のコトバ)

 

どうせ一生一度なら、

おとぎ話を建設的な話に変えてやろう。

 

 

 

人は、一度きりの人生を生きる。

誰もない自分という名前を持って、

人生を生きる。

長いかもしれない。

短いかもしれない。

だが、人生は一度きり。

自分という人間を生きるのも一度きり。

そう考えると、

やりたいことをやってしまう人生の方が、

すべてをガマンする人生より楽しいと思う。

ガマンばかりではないが、

人生をほぼガイドライン通り、

マニュアル通りで生きているなら、

どこかで、アクセルを踏んで、

人生の勝負に出てみてもいいのではないか。

夢や理想、もっといえばおとぎ話と思えるようなことに

果敢にチャレンジしていいと思うのだ。

やらなかった後悔という言葉を訊く。

人生において、

なんでもかんでもやれないことはわかっている。

ただ、「この夢だけは、どうしても叶えたい」

そう思う夢は絶対あるはずだ。

その夢は、チャレンジする。

後悔のないようにチャレンジしてみる。

困難な状況であっても、

あらゆる角度から何度でも試みる。

何も無謀に、無計画にチャレンジするのではない。

叶えたい夢ほど、

着実に、建設的に築いていく。

一生一度の大事業なのだから、

簡単に結果が出なくていい。

ただし、少しずつでも前進していく。

人生に、そんな夢をもって生きていいと思う。

まちがいを矯正する人生

 

 

(今日のコトバ)

 

まちがいだらけの毎日でも、

まちがいない人生にできるのが、

人間の才能。

 

 

人は、あらゆる場面で

ミスを犯している。

小さなもの、大きなものを数えれば、

膨大な数になる。

また、傷つくまちがい、

傷つかないまちがい、

覚えているまちがえ、

覚えていないまちがい等、、、。

まちがいに対する自分の気持ちも、

いろいろある。

ただ、そのまちがいをたくさん犯しても、

人生としてはまちがいではない、

ちゃんと立派に生きている。

それが人間であり、

生きていく才能。

自分を振り返ってみるといい。

相当なまちがいをしている。

だけど、自分のポジションを築き生きている。

ほとんどの人が社会のルールを守り、

自分の人生を確立している。

そう考えると、

まちがいが人生を

わるい方いかないように、

警告を与えてくれているともいえる。

だから、まちがいは人生にとって、

必要不可欠なもの。

そこで、人生を矯正できれば、

人生はうまくいく。

忘れてはいけない。

 

 

 

大勢が正解ではない

 

(今日のコトバ)

 

少数派には、意志がある。

 

 

 

民主主義は、

多数決でものごとが決まる。

多数派の意見が採用される社会といわれている。

だが、この多数派というのが、

社会の仕組みになると怪しい。

たとえば、会社の中で

圧倒的多数派といわれても、

社長が別の意見をいうと、

それが社長一人の意見でも、

オセロゲームのように多数派になってしまう。

また、多数派で決めたことが、

まったく間違っていたこともたくさんある。

意見を発するのは、自由だ。

いろいろな意見があっていい。

小さな意見を一つ一つ議論していては、

時間がいくらあっても足らなくなる。

そんなことは、わかっている。

ただ、大勢を占める意見が、

正解だという保証はない。

間違った意見を採用していることなど、

社会へ出てみればたくさん経験してきたはずだ。

そう考えると、

少数派といわれる意見も、

一つ一つ検証しておいた方がいい。

少なくとも、

多数派には、意志がなくて、

みんながいいというから一票という人が、

含まれている。

自分の意志がない、波風をたてたくない、

上の人に合わせていればいい等、、、。

反対に、少数派は、

意志のない一票になる可能性が低い。

意志がないのに

小さな声を上げる必要がないからだ。

だからこそ、少数の意見を大切にする。

もし、多数派の意見が間違った時、

軌道修正ができるように、

その意見もしっかり理解しておく。

社会の答えなど、

一瞬で変わることもある。

その時、少数派の別の意見が

正解になることもある。

少数派を忘れてはいけないのだ。

点の笑いでなく、線の笑いをつくる

 

(今日のコトバ)

 

笑いのある場所に、幸せはより道する。

 

 

 

 

 

人が笑っていると、

「なに?なに?なに?」と

そばに行きたくなる。

自分も笑いの

おすそ分けをもらおうとする。

そこへ行った結果、

ほんとうに笑えると、

とても幸せな気分なる。

笑いは、人を集めて、

幸せを伝達する天才なのだ。

もっというと、笑いには求心力がある。

そこに人を集める力がある。

その力は、

幸せに通じているのではないだろうか。

面白いことをいうから、笑える。

笑えるから、楽しくなる。

楽しいから、嫌なことを忘れる。

嫌なことを忘れるから、幸せな気持ちになる。

いま、自分のまわりに幸せが足りないと思う人は、

自力でも、他力でもいいから、

笑いを求めていこう。

点の笑いだけではなく、

線の笑いになるように。

つねに、笑いがある状況をつくる。

それが幸せになるための

最短の方法論になるのだ。

 

 

いの一番に駆けつけてくれた人

 

(今日のコトバ)

 

いちばん早く差し伸べられた手は、

いちばんあたたかい。

 

 

 

 

人生には、挫折がある。

転んでしまって、倒れてしまって、

自分一人の力では立ち上がれない時がある。

誰かに支えて欲しい。

誰かに慰めて欲しい。

誰かに助けて欲しい、、、、。

誰かの力を借りたい時がある。

そんな時、いちばん早く

手を差し伸べてくれた人は、

忘れることができない人になる。

最大級の感謝の気持ちを持つことになる。

もちろん、大きな力で困難を解決してくれたり、

大勢の一人として力を発揮してくれる人もいる。

だが、それよりも、

いちばん早く、いちばん寄り添ってくれた人が

記憶の中に深く刻まれていく。

そして、いちばん早く動いてくれた人の

気持ちの大きさを知ることにもなる。

だからここ、自分が困難にあった時、

いちばん早く対応してくれた人を

大切にしよう。

いの一番に駆けつけてくれた人は、

いちばんあなたを思っているのだ。

プラスは、プラスを呼び寄せる

 

(今日のコトバ)

 

マイナス志向では、不幸はプラスに変化する。

 

 

 

マイナス志向だったり、

ネガティブだったり、

もの事をわるい方に考えると、

状況を好転させることに苦労する。

できない、やりたくない、

わからない等、いい訳を考えて、

前へ進めない。

結果、いい状況をつくれない。

好機を逸すことになる。

反対に、プラス志向で、

ポジティブに取り組むと、

状況は好転することが多い。

もっというと、プラス志向で取り組めば、

困難な状況も解決策がいち早く見つかる。

取り組みが早いから、解決までの時間も早い。

プラスに考えているだけに、

人生の財産にできることも多い。

もちろん、マイナスの局面も考えて、

慎重に動かなければならない時もある。

ただ、その場合でもアクションを起こしたら、

プラス志向で動いた方がいい。

プラスは、プラスを呼び寄せる。

同じように、マイナスは、マイナスを呼び寄せる。

状況は、自分の志向で変えられるのだ。

相手の立場になって伝える

 

(今日のコトバ)

 

やりたいことは、顔に書いてでも、人に読ませろ。

 

 

 

「わからない」

人と人とのコミュニケーションで、

いちばん困るのは、

わからないことだと思う。

相手のことがわからないと、

自分がどうしていいかわからない。

何をしてあげればいいかわからない。

結局、その時間が長く続くと、

相手と距離を置いてしまう。

また、わからないという場合、

わからないは一つでないから

ややこしい。

相手が好きになって、もっと知りたくて、

わからない場合があれば、

どうして、そういう考えをするのか、

わからない場合もある。

当然、何を考えているか

わからない場合もある。

「わからない」

それは相手の話ばかりではない。

仮に、自分がわからないと

思われていると、

やりたいことができなくなる怖れがある。

考えていることがわからない、

言っていることがわからないといわれたら、

自分が実現しようしている状況へは、

とても到達できなくなる。

だとすれば、どうするべきか。

「わからない」

と思わせることを、

わかりやすくすること。

つまりは、自分の思いをシンプルにして

相手に伝えること。

相手に伝える時、一度、

相手の立場になってみる。

わかるメッセージを送っているかどうか。

相手の立場になることを、一度、

考えることで、かなりわかりやすくなる。

まずは、そのことを意識するところから

はじてみよう。

希望という言葉に、希望を持っている

 

(今日のコトバ)

 

希望とは、

出会いたい未来に向かって手を伸ばすこと。

 

 

 

この秋も、希望という言葉は、

世間を騒がせた。

正確には、希望の党だが、

その政治姿勢にまったく希望が見えず、

散々な結果に終わってしまった。

ただ、希望という言葉には、

それこそ誰もが希望を持っている。

簡単に使って、その意味を汚して終わるような

ことはあってはならない。

希望という言葉だけに、失望、絶望、欲望等と、

すぐに言葉をいじられてしまう。

それではいけない。

希望とは、出会いたい未来の姿であってほしい。

そのために、希望を願った人々は、

その未来に向かって切磋琢磨する。

だからこそ、希望を叶える者は、

新しい、素晴らしい世界へたどり着けるのだ。

たぶん、今後も希望ということばが、

時代の言葉になることはあるだろう。

その時、ほんとうの意味で

希望が使ってほしい。

そう願うばかりだ。

考え方次第で幸せになる

 

(今日のコトバ)

 

初期設定として、

心が幸せをカウントするようにしよう。

 

 

 

幸せだと思っている人と、

幸せではないと思っている人の差は何か。

時々、考えることがある。

まわりの人を観察してみると、

ある程度、わかってくることがある。

それは、自分の起こる出来事において、

最初からほぼ幸せと感じている人は、

人生を幸せだと思っている。

反対に、はじめから不幸せだと感じている人は、

不幸せな人生だと思っている。

同じ環境を与えても、

笑って楽しめる人と、

損をしているとひがんでいる人がいる。

その差がそのまま幸せ数と

不幸せ数のカウントになる。

すべての人が公平に、

幸せと不幸の数が与えられるとは思わない。

だが、幸せ不幸せは目に見えないもの。

考え方次第で、

どちらにも捉えることができる。

だとすれば、

幸せと思うことを増やした方が

人生は素敵なものになる。

幸せが多いと思うか否かは、

考え方次第で決まる。

あなたがどっちを選ぶかだ。