信用の中で生きるために

 

(今日のコトバ)

 

口約束を守る人は、契約も守る人。

 

 

 

約束を守らない人がいる。

いいかげんで適当な人、

嘘をついて人をダマす人、

忘れることが多すぎる人等。

作為があるないにかかわらず、

約束の守れない人は、

時間が経つにつれ、

信用を失う。

約束はひとつの契約。

それを守れない人は、

こちらの依頼を

遂行してくれない人だから、

信用できるはずがない。

反対に、口約束でも、

ささいな約束でも、

きちんと守る人は信用できる。

約束を守る人は、

契約事項もしっかり守る。

だからこそ、

信用は揺るぎがたいものになる。

約束。

簡単にできることだが、

きっちりと遂行するには、

自分の看板を

しっかりと守ろうとする意思が必要。

信用を失わないように

努める意識が必要。

そう考えると、

約束を守る人と生きていければ、

信用や信頼を失わない生き方ができる。

人生に大きな安心を築いて

生きていけるのだ。

 

 

おなじ情熱で、おなじ目的地へ

 

(今日のコトバ)

 

おなじ熱さをもっていない人と、

おなじ目的地まで走ることはできない。

 

 

 

 

大きな夢を一人ではなく、

何人かで追いかける。

はじめた頃は、

楽しそうだから、

すぐに人が集まるが、

夢達成までの道程がしんどくなると、

一人減り、二人減り、

本気で挑んでいる人間だけに

絞られる。

ほんとうに夢を

達成しようとしていたのは、

達成までの情熱が

おなじぐらい燃えている人。

もしくは、

達成までの高さがおなじところに

設定できている人になる。

いま、自分だけではない夢を

追いかけるなら、

自分とおなじところに

目標を設定できる人と行動しよう。

おなじところに目標がないと、

おなじ速度では走れない。

挫折するポイントも

すぐにやってくる。

大きな夢を

達成できないことにもなる。

夢を追いかけるなら、

おなじ情熱で、

おなじ目的地に向かう人と走るのだ。

 

なまけるための労力を、人生のために使え

 

(今日のコトバ)

 

なまけ者は、いい訳だけ勤勉になる。

 

 

 

できれば、なまけたい。

なまけ者といわれる人も、

そうでない人も、

心のどこかでなまけたいと思っている。

そして、本当になまけようと思うと、

とたんにいい訳をする。

なまけることをまわりに理解させるまで、

それこそなまけることを知らす、

懸命にいい訳をする。

本来、そのいい訳する労力を

建設的な時間につぎ込めば、

もっと時間が有効に使える。

だが、なまけるために最大限に

労力を費やす。

だとすれば、

その労力を、

人生が発展するために使う。

自分の成長のために使う。

同じ時間をどう使うか。

なまけることに使う労力も、

発展的に使う労力も人生の時間。

どちらを選ぶかは、

自分の意志次第だ。

いいところを理解する

 

(今日のコトバ)

 

自分が好きでいられるように、

自分の嫌いを片づけよう。

 

 

 

 

生きることが長くなると、

いろいろな気持ちに遭遇する。

基本的に自分のことが好きな人が多いが、

より好きになることがある。

きっかけは様々。

人生が調子がいいと、

より好きになることもあるだろう。

人から称賛されれば、

自信がついて

自分が好きになることもある。

反対に、自分が嫌いになることもある。

人生が上手くいかない時。

やってしまったことで後悔した時等。

自分で自分が嫌いになる。

ただ、

そういう状況も時間が解決してくれる。

また、嫌いになるということは、

好きであった時間があるということ。

そう考えると、

自分のいいところをちゃんと見れば、

自分を好きになることはできるはず。

さらにいえば、自分が嫌いな他人も、

ちゃんといいところを見ているだろうか。

ちゃんと見るところを

拒否して生きていないだろうか。

よくよく思い返すと、

意外と食わず嫌いだったりする。

自分も、他人も、いいところを見る。

自分のいいところを

アピールできる自分でいる。

他人のいいところを

認めてられる自分でいる。

自分が好きになるためには、

そこが大切。

誰にでもあるいいところを、

ちゃんと理解して生きていくのだ。

 

人間は、もっと進化する

 

(今日のコトバ)

 

人間は、まだ、限界に到達していない。

 

 

 

人間の能力は、

どこまで凄くなるのだろう。

身体的能力もそうだし、

知的能力もそう。

AIが進化していくとはいえ、

人間の進化も終わってはいない。

身体的能力でいえば、

身体的能力に

科学的トレーニングを加えて、

どこまで人間が進化するか。

ウサイン・ボルトも現代人だし、

大谷翔平も進化系の人間だと思う。

知的能力でも、

落合陽一のような人が出てきたり、

デジタルを、AIを駆使して、

自分の能力を向上していく人も

これからたくさん出てくるだろう。

そう考えると、

人間もまだまだ進化は終わっていない。

だとすれば、

人間全体がもっと進化してもいいと思う。

人間すべてが情報端末を駆使し、

基礎知識を簡単にクリアする。

そして、自分の能力をかけ算して、

何か新しいものをつくる。

人間の進化にワクワクしてくるはずだ。

一番得意な競技にエントリーする

 

(今日のコトバ)

 

人生は高くのぼるだけではない。

深くのぼる。遠くへのぼる。

そして、ゆっくりのぼることも大切なのだ。

 

 

 

人生は高さを競う競技ばかりではない。

深さが大切な競技もあるし、

どれだけ遠くへ行けるかの競技もある。

さらには、速さではなく、

ゆっくり時間をかける競技もある。

競技種目はたくさんあるのだ。

ただ、生き方が近視眼的になると、

一番競技人口の多い高さだの、速さだのの

競技に自分をエントリーさせてしまう。

そうではない競技があることを

忘れてしまう。

自分の生き方にあった競技があることを

忘れてしまう。

そんな時は、

少し立ち止まって

自分を見つめ直してみる。

なにもみんなと同じ競技に

参加しなくていい。

自分が一番参加したい競技は何だ?

自分が一番得意な競技はなんだ?

そこをじっくり考えて

一歩を踏み出せばいい。

人は、何か特別な能力を備えている。

その能力を発揮できる人生を歩むのだ。

守るべきものがあるだけ強くなる

 

(今日のコトバ)

 

守ることは、

救うべき者のために攻めることでもある。

 

 

 

攻撃は最大の防御という。

では、防御することは、

守ることは何なのだろう。

守る。

つまり、守るべき対象があるから、

そのために行動する。

守るべきものがなければ、

守る行動をしなくてもいい。

守るというのは、

守るべきものために、

攻撃的になることともいえる。

反対にいえば、

防御は最大の攻撃ともいえる。

そして、

攻撃と防御どちらが強いかというと、

状況にもよるが、

防御が強い方が、

攻撃に強いより強い気がする。

その差は、守るべきものが

あるかないかの差。

守るべきものがある分だけ

強くならざる負えない。

そう思うと、

人生のどんな場面でも、

守りを固めることは大切。

そう思えてならない。

何かを守ることで、

人は何倍も強くなれるのだ。

幸せは自分の考え方にある

 

(今日のコトバ)

 

いいことは足元にある。

それを見つけられる人を幸せ者という。

 

 

 

まず、自分に起こっている出来事を

幸せと思えるか。

そこで大きな差がついてしまう。

なんでも幸せだと思える人は、

あたりまえだが幸せ度数が高い。

反対に、

なんでも不幸だと思っている人は、

幸せ度数が低い。

要は考え方次第。

もっというと、自分のまわりの幸せを

見つけることができるか。

見つけることができる人も

幸せ度数が高いといえる。

要は見つけ方次第。

つまり幸せは、

自分の中にある。

そう考えると、

幸せは自分次第で

自分のものにできる。

日々生きてく時、

幸せは自分にあると思っていれば、

幸せは手に入る。

毎日の習慣のように自分の幸せを探せば、

自分のものになる。

幸せ度数を高くするのは、

難しい問題ではないのかもしれない。

 

「あと一歩」は、エールの言葉

 

(今日のコトバ)

 

上手くいかなかったのではない。

上手くいくところまで近づいたのだ。

 

 

 

 

あと一歩だった、という。

そのあと一歩の一歩は、

どのぐらいの歩幅だったのだろう。

ほんの数センチぐらいの一歩もあれば、

何年もかからなければならない

一歩もあるだろう。

その時、

あと一歩足りず

上手くいかなかったと思う。

だが、ほんとうにそうだろうか。

少なくとも、

あと一歩まで近づいたのではないか。

自分は頑張って、

そこまで追いこんだのではないか。

研鑽して、自分も成長したのではないか。

そう考えると、

あと一歩まで追いこんだのは失敗ではない。

成功へ近づいたのだ。

だからこそ、次への意欲を持つべきだ。

あと一歩なら、

次に越えられる壁かもしれない。

少なくとも、上手くいく、成功するところを

射程距離にした。

そういう気持ちになると、

あと一歩という状況が

決して残念なものではなくなる。

成長への意欲をあらわす

エールの言葉に変わるのだ。

壁は夢中で前進する人に弱い

 

(今日のコトバ)

 

目に見えない壁を越えるために、

目に見える行動を続けるのだ。

 

 

 

 

壁。

心の中につくってしまった壁は、

どう越えていけばいいかわからない。

いくら挑んでも

越えられない場合もあるし、

気づかぬうちに

越えてしまうこともある。

何が正しいかわからないが、

とにかく前進する。

躊躇なく前進する。

自分なりの目標をつくって

前進する人は、

壁をどこかで越えてしまう。

壁は夢中で前進していく人に弱い。

もちろん、壁の高さにもよるので、

時間の差はあるし、

高過ぎて

どうにもならないこともある。

だが、壁は前進し続けると、

いつか越えてしまうもの。

越えるというよりは

消えてしまうものかもしれない。

そう思って

行動できるかできないかも大きい。

もし、いま、

自分に壁が立ちふさがっているなら、

前進、前進、また前進の行動で挑んでみよう。

きっと、壁が低く見える、

壁が消える時がくる。

人は自分がつくった壁を

乗り越える力が備わっている生き物なのだ。