人間のがんばりを一心にする

 

(今日のコトバ)

 

いまこそ、

一生懸命という命になるのだ。

 

 

何事も一生懸命やる。

やるというよりやれるということは、

一つの成果といっていい。

たとえ結果がワルくても、

一心不乱にやりきったという

自信は、自分に力をつける。

自信がつくということは、

自分が力がついたことを

確認すること。

だからこそ、

一生懸命に物事に挑戦する。

一生懸命を続けていければ

自信が自然についていく。

力がついて自信がつく

といってもいい。

一生懸命は文字ごとく、

人間のがんばりを

一心にすることなのだ。

 

あたりまえに、ありがとう

 

(今日のコトバ)

 

あたりまえの環境を

大切にする。

あたりまえの生活を

もっと大切にする。

あたりまえの関係を

もっともっと大切にする。

 

 

 

自分のまわりには

あたりまえが揃っている。

朝起きてから

夜眠るまで、

あたりまえに過ごせる機能が

揃っている。

もちろん、新しい環境、

新しい生活、新しい人間関係が

はじまれば、

あたりまえでないことはある。

ただ、人間は

自分の生きる時間を習慣化して、

あたりまえに生きていく天才だ。

意識無意識にかかわらず、

時間を習慣化し、

自然にあたりまえになっている。

そして、

あたりまえこそ幸せの礎になる。

だからこそ、

あたりまえを大切にする。

あたりまえと思っていることに

立ち止まって感謝する。

あたりまえが占める範囲が

多ければ多いほど、

気持ち良く生きていける。

あたりまえの中で

生きていこう。

 

人生の支柱

 

(今日のコトバ)

 

希望的観測で見つけた星は、

人生の大きな目標になった。

 

 

例え、希望的観測でも、

根拠なき自信でも、

描いた目標は大切。

否、希望的観測だからこそ、

根拠なき自信だからこそ、

描いた目標は大きなものになる。

現実に則さなくていい。

規制など取っ払っていい。

自由な気持ちで描いた目標は

人生の大き支柱になる。

その目標が達成しようと

しまいと、

挑戦した記憶は

生きる支柱になるのだ。

いま、各々の状況で

各々の目標が

誰にでもあるはずだ。

その目標に向かって

走り始める時、

漠然としたままでもいい。

まず、走ってみる。

そして、走りながら考える。

大きな目標は時間がかかる。

すべて準備できるまでは

待っていられない。

はじめの一歩は、

いま、すぐ、踏み出す。

目標は人生の大きな支柱に

なっているのだ。

 

真実と嘘は、選ぶ時に正しさが必要になる

 

(今日のコトバ)

 

真実が誰かを

傷つけることがある。

嘘が誰かを

救うこともある。

人間は、真実も、嘘も、

支配できるのだ。

 

 

真実は正しい。

だが、人間にとって真実が

すべてを幸せにするかというと

そうとはいえない。

嘘は間違っている。

だが、人間にとって嘘が

すべてを不幸にするかというと

そうともいえない。

真実と嘘。

人間が生きていく上で、

とても大切なもの。

正しさは真実にあっても、

それだけでは生きられないのが人間。

間違いは嘘にあっても、

それだけでは生きられないのが人間。

ただ、真実と嘘を支配しているのは

人間だ。

その時々で大切で、

その時々で必要な方を選ぶ。

選ぶ時に正しさが必要になる。

真実と嘘は、

人間にとって

選ぶ大切さがあるものなのだ。

 

どちらもかけがえのない財産

 

(今日のコトバ)

 

勝利を積み上げたら

喜びが力に変わり、

敗北を積み上げたら

悔しさが力に変わる。

 

 

勝利と敗北。

人生ではどちらも経験する。

勝利ばかりの人はいない。

敗北ばかりの人もいない。

人は勝利だと良い結果として

喜ぶことが多い。

たしかに勝とうとして

勝利したのだから、

素晴らしい結果だ。

喜べばいい。

だが、だからといって

敗北が良くないとはいえない。

経験や反省することの顕在化など、

これから生きるために役立つ

良いこともたくさんある。

勝利も敗北も、

人生にとって大切な財産になるのだ。

もっといえば、勝利も敗北も

人生で考えれば、すべて途中経過だ。

そこで終わりにならない。

どちらも人生にとって

かけがえない財産。

いけないのは、挑戦せずに

勝利も敗北も経験しないこと。

とにかく、意欲的に挑戦して、

自分にかけがえのない財産を

つくろう。

 

運命と人生の距離のつじつま

 

(今日のコトバ)

 

運命は、

人生が開拓した大地である。

 

 

人は、運命に左右されるという。

たしかに、ある出来事に出会って

人生が大きく

変わっていくことがある。

その状況をみて、

まわりの人は運命だと思う。

ただ、仮にその出来事が運命だとしても、

くじのように天命を

願った結果ではないような気がする。

運命とは、自分がそれまで生きてきた

結果が導き出すもの。

その運命に至るような行動を

自分が起こしていた。

その運命に至るように

生きてきたといってもいい。

運命は、

自分が開拓した大地なのだ。

そう考えると、

運命と人生の距離のつじつまがあう。

やっぱり努力した人は、

素晴らしい運命が待っている。

そうでない人は、

そういう運命が待っている。

人は運命を

自分で導き出しているのだ。

 

反目標

 

(今日のコトバ)

 

「あそこまで行きたい」と

思うことは大切。

だが、「あそこに戻りたくない」と

思うことは、もっと大切。

 

 

目標を決めて、

そこに向かって突き進む。

人の人生において

最大の醍醐味。

とても大切なことだ。

目標があるから、

前へ前へ進んでいける。

実力も、自信もつけていく。

ただ、反対の目標もある。

「あそこにだけは戻りたくない」

退化してしまって、

力を抜いてしまって、

元いた場所に戻ってしまう。

元いた場所は、

二度と戻りたくない場所。

辛い思い出しか残っていない。

また、昔のように

しんどい思いをしたくない。

「あそこにだけは戻りたくない」

そんな気持ちを持たせる

状況や場所があるはずだ。

目標とは反対の目標。

反目標とでもいおうか。

人は生きるために目標が必要。

そして、

絶対に戻らないと決める反目標も

意識しながら生きている。

そのことで生きる位置の

バランスをとっているのだ。

 

 

 

過程にも幸せがある

 

(今日のコトバ)

 

失敗してもワクワクした。

敗北してもドキドキした。

間違ってもウキウキした。

その気持ちが

次の希望をつくっていく。

 

 

何かを成し遂げることは

簡単ではない。

成し遂げる過程で、

失敗、敗北、間違いを

何度も繰り返すことになる。

ただ、その過程も

辛く苦しいことばかりではない。

楽しいこと、

嬉しいこと、

感動することもある。

ワクワク、

ドキドキ、

ウキウキすることもある。

そして、その気持ちが

希望に火をつける。

もっと高い場所にある希望を

手にするためのエンジンになる。

人生は、

何かを成し遂げて成長していく。

そのための過程にある

前向きな気持ちは、

もう幸せを感じている。

そのことを忘れてはいけない。

分かち合うことこそ、幸せ

 

(今日のコトバ)

 

幸せは、

ひとり占めするほど

役割を果たせない。

 

 

 

広い意味がある。

誰にでも、どこにでもあると思う。

気づくもの、気づかないものがある。

「幸せ」

ただ、間違いなくいえるのは、

幸せは一人では

成立しないということ。

たとえ、どんな素晴らしいことが

自分に起きても、

誰も一緒に喜べないのなら、

喜びは一瞬あっても

幸せは感じられない。

誰かと分かち合えるから

幸せになれる。

一人の心の中で

成立するのではないのだ。

そのことは、

年をとればとるほど

感じる。

だからこそ、

自分だけではない

まわりの人を大切にして生きる。

人のために役に立つことを

していく。

人と何かを分かち合うことにこそ

幸せが多く生息している。

そのことを忘れてはいけない。

いつも通りの人と場所

 

(今日のコトバ)

 

36.2°というあなたの平熱は、

まわりの人をいやすのに、

ちょうどいい温かさでした。

 

 

いつも通りの人が、

いつも通りの場所に、

いつも通りの笑顔でいる。

生きていてこれほど

安心することはない。

「いつも」という普段の暮らしが、

あたりまえのように続いていく。

刺激が欲しいとか、

改革を起こしたいとか、

立ち止まっているのは

嫌だとかいっても、

自分の足元が揺らぐことを

望んでいる人はいない。

できるだけ、

自分の足元は

安定させたいと思っている。

だとすれば、

自分の足元といえる環境を

整えることを考える。

それは、

いつも変わらずに

受け入れてくれる人と、

いつも変わらずに行ける場所を

つくること。

細かいことは他にもあるだろう。

ただ、この二つさえ揃っていれば、

後は何とかなるはず。

いつも通りの人と場所。

そこを整備することを

意識して生きていこう。