歩きやすい道

(今日のコトバ)

 

公表することで、行く道が舗装される。

 

 

 

行く道を宣言することで、自分の意志が固まる。

ともに行動している協力者が意志をくみ取る。

第三者は、意志を持つ運動体の動きを確認する。

一本道か。茨の道か。王道か。邪道か。

その意志からなる指針を発すれば、

おのずと行く先は、自分のチカラと、誰かのチカラと、

運命のチカラで整備されていく。

さあ、意志が決まったら声を上げよう。

あの山の向こうの虹をつかむのだ、と。

歩きやすい道があなたの前に広がるはずだ。

最高のカードをつくる

(今日のコトバ)

 

あなたの持っている限度額最高のカードは、人間です。

 

 

 

この世の中で、

最後の最後に頼りになるのは人間なのだ。

夢を叶えようとした時、絶対に必要になるのが知恵。

お金もあるにこしたことはないが、

調達する方法は人間の頭の中にある。

大切にすべきは、まず、人間からなのだ。

そして、夢を実現するために最高のカードをつくるには、

日々の生き方が大きく左右してくる。

生き方の中から信用をえて、

生き方の中から支援してくれる人間をえる。

その人々がいいカードになってくれれば、

人生を思い描いた通りに進めていけるはずだ。

そこに価値があるか

(今日のコトバ)

 

勝ちにいくには、価値にいけ。

 

 

 

常々、一歩抜きに出るのは価値だと思っている。

たとえば、ビジネスで成功するには新しい価値だったり、

付加価値だったり、より優れたものが時代を切り開く。

スポーツにおいても、超越した価値を武器にできる技術、

新しい価値をもつ戦力、戦術を導入したものが勝利を導く。

いま、あなたが次の課題にトライしているなら、

そこに価値があるか考えて行動することだ。

そこに価値さえあれば、勝利への距離は短くなり、

夢の実現にも近づくはずだ。

人生が素晴らしいと思えたら

(今日のコトバ)

 

自分のやりたいことをまっとうしたら、

あなたの名前は永久欠番だ。

 

 

 

どうせ一生一度なら自分のやるべきことをやり遂げて

終りたい。納得して、満喫して、人生を歩む。

その道程には、ちょっとばかりの悲しみと、突然台風のように

やってきた不幸も、小石のようにゴロゴロしている。

だけど、たどりついたゴールに咲く木の木陰には、

かいた汗、かいた涙をまとめて幸せの彼方にはこんでくれる風が吹く。

そんな満足の経験ができたら、人生は素晴らしい。

そして、人生が素晴らしいと思えたら、あなた自身を誇れるのではないか。

永久欠番とよぶにふさわしい価値ある人生になるのではないか。

LIVE AID 1985

もう20年も前のことになる。アフリカの飢餓難民救済をテーマに、

世界中のミュージシャンが一同に会して行われたイペントがあった。

その名は、「LIVE AID」。

ひとりでもスタジアムを超満員にしてしまうスーバースターが、

ロンドンのウェンブレースタジアムとフィラデェルフィアのJFKスタジアム

で競演した。

参加したメンバーは、スティング、フィル・コリンズ、デビッド・ボウイ、

ミック・ジャガー、U2、クイーン、エルトン・ジョン、ザ・フー、

ビーチ・ボーイズ、シャーディ、マドンナ、ポール・マッカートニー、

ポール・ヤング、ブライアン・フェリー、ホール&オーツ、

エリック・クラプトン、デュランデュラン、ティナ・ターナー、

ボブ・デュランなどなど。

日本でも衛星中継され、司会は逸見政孝でゲストは南こうせつや小田和正らが

出演していた。また、このイベントに日本代表として矢沢永吉、佐野元春などが

ビデオで参加していた。

当時、まだビデオもない家で暮らしていた私は、飲めないコーヒーを

ポットいっぱいに入れ、スタートの夜9時から朝までまでがんばったのを

思い出す。ただ、コーヒーがインスタントだったためか、

途中、ポール・マッカートニーがレット・イット・ビーを歌ったのを

一瞬の睡魔に襲われ見逃してしまった。

さらに、20年前とはいえさまざまなシーンも思い出させる。

フィル・コリンズがイベント中にジェット機に乗って、ロンドンと

フィラデルフィアで歌を歌ったこと。ミック・ジャガーと

デビッド・ボウイがダンシング・イン・ザ・ストリートで

初競演したこと。売れ出して間もないマドンナがういういしいこと。

このイベントの後、数年で死んでしまったフレディ・マーキュリーが

元気に駆け足で登場したこと。ボブ・デュランがあまり歌が上手くなかったこと。

テレビ中継では、USA FOR AFRICAのWE ARE THE WORLDが見れなかったこと。

その後、20年たっても超えることのない空前絶後のイベントを

リアルタイムで見ることができた私は、奇跡の、歴史の目撃者として

とても幸せだった。

 

このイベントが最近DVDで発売された。1970年代、1980年代に青春をおくった方は

必見である。感動から感動へ。興奮から興奮へ。さらに、

あの日、あの時の思い出がDVDを再生している間中、蘇る。

つけた力

(今日のコトバ)

 

力は、未知を連れてくる。

 

 

 

どうしても夢を手に入れたい。このチャンスで結果を出せば、

思い通りの人生がやってくる。

そう感じる時が、人生に何度があると思う。

でも、その時に力がなくてチャンスが

目の前を通りすぎていくことや、

誰かにチャンスをもっていかれてしまう経験は、

あなたにもあるはずだ。

その時、力さえあれば、人生は大きく変わっていたはずなのに。

だからこそ、日々、力を蓄えておこう。

実力、能力、持久力、瞬発力、、、、そして努力。

いま持っている力を存分に生かして、新しい力をつける。

つけた力で、また、未知への扉をあける。

その反復が夢を手に入れる最短の道なのだ。

フトコロはココロの近くに

(今日のコトバ)

 

サイフの底とココロの底は通じている。

 

 

 

フトコロが寂しくなると、人は本来の自分の人格でいられなくなる。

おだやかだった人が、ピリピリして落ち着きがなくなる。

急に態度が変わって、人にコビを売りお金を借りようとする。

マイナスの泥沼に堕ちれば犯罪さえ手をそめる。

普通の考えをもてば、借金をしないプランをたてたり、

借金をしても返済できる範囲で生活したり、

理性で欲望をコントロールしようとする。

しかし、人は弱い生き物。理性で欲望を抑えきれない

ココロのノーコンもいるはずだ。

そんな人のために、ちょっとだけ声をかけてあげたい。

フトコロが寂しくなると、フトコロの近くにあるココロにも

寂しさが感染していく、と。

だから、フトコロには少しでいい、ゆとりをもたせてあげよう。

ココロにゆとりがもてるように。

自分が自分らしく生きれるように。

心からあなたを力づけてくれる人間

(今日のコトバ)

 

勝った時はみな愛してくれる。

負けた時に愛してくれる人をもて。

 

 

 

勝った時にはほっておいても賞賛や拍手をあび、

自分の内からも感動や興奮がわきあがる。

すべてが喜びの中に内包され、

その瞬間の自分におおいに満足する。

しかし、負けた時はどうだろう。

ショックで気力が萎え、立ち上がることも

疲れきっておっくうになる。

いままで近くにいた人間が、急に遠くへいってしまったりする。

その時に必要なのは、お金やモノではない。

やっぱり人間の力だと思う。

お金やモノでも多少は癒せるかもしれないが、

仲間の人間の支えにはかなわないはずだ。

そして、できれば同情で集まる人間ではなく、

心からあなたを力づけてくれる人間がいてくれることがベストだ。

生きる自信があなたを後押しし、立ち直る時間を短くしてくれる。

ただし、心からあなたを力づけてくれる人間は、一日では現れない。

あなたの日々の行いから生まれ、現れることも忘れないでほしい。

あせらず、ゆっくり最適な場所

(今日のコトバ)

 

心配するな。

早くのぼった者は高い所にいるのにあきて

早くおりてしまう。

 

 

早熟の天才は、おうおうにして年をとるごとに

平凡になり、大人になるころには普通の人になってしまったりする。

いち早くエリート街道を驀進した人間が、上昇の途中で

ドロップアウトし別の道を歩むこともある。

一等賞でテッペンに立っても、そこに何もなかったり、

思い描いた世界ではなかったり、大勢の敵をつくったりすると、

そこは居心地のいい環境ではけしてない。

人間は不思議なもので、夢と違ったフィールドに

ポツンとひとりおかれても、その場所に長くはいられない。

後から追ってくる者は、早くのぼった者の寂しさを、悲しさを

知っているので、同じ間違えをおかさぬよう

自分にとって快適な環境を求めようとする。

何も先頭を行くことだけが、すべてではない。

後から追いかけていく。時間をかけて自分を成熟させていく。

あせらず、ゆっくり最適な場所をつくり出すことも

人生をエンジョイする大切な方法なのだ。

反体制のジェラシー

(今日のコトバ)

 

社会は、体制と反体制のジェラシーゲームだ。

 

 

 

歴史物語や闘争をテーマにしたドキュメンタリーで、

反体制のリーダーが、体制を転覆させ天下をとる。

そのリーダーは反体制の時、ビジョンも、行動も優れていた。

しかし、天下という体制にまわった瞬間、体制と同じことをして

いっぺんに魅力がなくなり、仲間達の信望を失い、批判の的となる。

歴史だけではなく、会社員が出世していくたびに、

どんどん会社のいいなりなり、「昔はとんがってたのにな」

といわれたり。部活の先輩の発言、行動を批判していた人間が、

先輩とよばれるようなると、先輩よりつまらない先輩になる。

たぶん、反体制の中には純粋に体制の悪しき慣習をぶちこわそうする

気持ちはあるのだが、その気持ちの中の20%いや40%ぐらいは、

権力に対するジェラシーがあるのではないだろうか。

ジェラシーのすべてが悪ではないが、そこから生まれる力も信じるが、

できれば純粋な気持ちで社会を見つめ、

地位や名誉や肩書きが変わっても正しいスタンスをとれる人間に

なれたら素敵だと思う。それは、とてもとても難しいことだが。