ほんの少しのカッコよさのために

 

(今日のコトバ)

 

ゲストのうちは、汚い場所を見せてもらえない。

 

 

 

お店では綺麗に商品が陳列されている。

舞台の上では豪華なセットが組まれている。

それを見に来たお客様は、

その裏の踊り場、舞台裏の汚さを知る由もない。

反対にいえば、

お客様を迎える立場になると、

裏事情がわかってしまい、

大変な状況でお客様を迎えていることを知る。

例として、お店と舞台を上げたが、

社会の仕組みすべてが、

裏と表で構成されているといっていい。

その裏の部分を知ると、

すべてが人生に通じているとも思う。

勝負を賭けるために、

一生懸命、技を習得し、

最高のパフォーマンスを披露しようとする。

ただ、裏では、努力、研鑽し、

その姿は、とても見せられるものではない。

見せるべきものではないので、

カッコわるいことだらけでもある。

その裏の部分、あるいは根っこの部分で、

どれだけ、汚く、

カッコわるいことを繰り返してきたかが、

晴れの舞台で

カッコいい自分をつくれるかにかかっている。

人生は、カッコいいことばかりではない。

否、カッコいいことなど、

ほんの少しかもしれない。

そのカッコいいことをつくり出すために、

カッコわるいことを無限に繰り返す。

そうしながら、人生という自分の舞台を

最高なものにしていくのだ。