あたりまえは、あたりまえではない

 

(今日のコトバ)

 

あたりまえは、

忘れた頃に

「あたりまえをあたりまえと思うな」と

牙をむく。

 

 

今日一日、あたりまえの日が過ぎていく。

少しのストレスと、足りない刺激、

楽しみもそこそこだが、悲しみもない。

平凡なあたりまえの日だ。

ただ、そんなあたりまえの日だけど、

あたりまえにするまでに、

どれだけ習慣化する努力をしただろう。

あたりまえにするために、

どれだけ環境を整えただろう。

あたりまえにするために、

どれだけまわりの人に助けられただろう。

どれだけ、どれだけ、どれだけ。

ちゃんと考えてみると、

あたまえになるまでに、

自分が動いている。

まわりの人が動いている。

世の中が動いている。

もっというと、特別だったことを

人間が知恵を絞って、

あたりまえにしている。

だからこそ、

あたりまえであることを

大切にしなくてはいけない

あたりまえは、

もともと特別だったこと。

そのことを忘れず生きる。

あたりまえは、

あたりまえではないのだ。